我が師の言葉をシェアします。ヒューレン博士に出会って私の幻は消えました。
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イハレアカラ・ヒューレン博士の説明。
“科学では私たちの暮らしに起ころうとしている物事を正確には割り出せません。
数学もゼロがある故に不確かです。
結局は チャールズ・サイフェの著書 ’Zero: The Biography of a Dangerous Idea’ で著者が結論づけているように、科学者たちは、皆、宇宙が無から生まれ、いずれはその元の無に帰すことを知っています。
森羅万象はゼロとともに始まり、終わるのです。
だから、私は私の心の森羅万象をゼロに戻しました。
データは何もありません。
聞えるのは異なる種類の表現方式、空、無、純粋です。
皆さんがどう、呼ぼうとかまいません。
私の心は今、ゼロに戻っています。
何が起ころうと、それに私が気がついていない場合でさえ。
私がお話しするプロセスは、不変に絶えずゼロにすること。
それえ私の心がゼロにあり続けられるのです。“
この話を聞きながら すべての人が理解したとは言えなかったはずだ。
このセミナー記録を書いた著者も “話を聞いても闇の中にいた“ と綴っている。
さて、博士の話は続く。
“それはどういうことかといえば、心がゼロにあるときにのみ創造が行われ、それが‘霊感’(スダ注:オカルト的な霊感と異なり、ゼロポイント、つまり心の神格からやってくる叡智ある直観を指している)と呼ばれるものだということです。
ハワイ語ではこの霊感を ‘Ha’ と呼びます。
つまり、ハワイの Hawaii の Ha は霊感を示しています。
Wai は水、I は神です。
だから、『Hawaii』 は、『神の泉と水』 のことです。
ハワイという言葉そのものが清めのプロセスです。“
“神性なる知性とはこの霊感のすべてが宿りくる場所であり
それは皆さんの中にあるのです。
どこか、別の場所にあるのではない。
何処にも行く必要はない。
探しに行く必要はないのです。
きわめてシンプルです。
ハワイではこれを ‘Aumakua’ と呼びます。
‘Au’ は‘時空を超えて’という意味、
‘makua’ は聖霊、あるいは神、つまり、
‘時間も境界もない、あなたの一部’
という意味なのです。“
こうして博士は、人間の神格の本質を時空を超えて、
おのずと総ての人の心に存在しているものと定義する。
博士はなおも踏み込んでこれらを語る:
“次に皆さんは意識する心を持っている
ハワイではこれを、‘Uhane’ と呼んでいます。
さらに潜在意識、ハワイでは ‘Unihipili’ です。
となると、知っておくべき大切なことは
‘私は誰?’
と問うことだけになります。“
私は誰?
この質問は自分の内側に目を向けるときに誰でも通る質問だ。
そして、覚醒するまで、輪廻の鎖から自由になるまで
人はこの質問を無意識に、あるいは意識的に心に
繰り返す体験に追われる。
この質問なしには、人は人になれない~のだと
言う覚者もいる。
博士はこの質問にこう答える。
“これらの心の要素で、皆さんのアイデンティティー
はできている。
しかし、この心は空っぽだ。
この心はゼロ。
なら、あなたは誰か?
あなたは神聖なる存在、
つまり、ゼロです。“
ゼロであることを自覚しゼロになったとき
どんな変化が人に訪れるのだろうか?
“あなた方がゼロになると、総てが手に入ります。
総てです。
なぜならあなた方が神格のイメージに創造されているからです。
このことをはっきりさせておきたい。
なぜなら、私には聞こえるからです。
皆さんは神格のイメージ通りに創造された。
ということは、
つまり、皆さんは片面だけのコインとして創造された
無限の存在です。
ゴミを捨てて、空っぽになる意思を固めるや否や、
瞬く間に 霊感があなたを満たし、あなたがたは勝利を
手にするでしょう。“
ところが、勝利を手にしても、それに気がつかない人が
多いと博士はいう。
‘ここはどこだ? どこにいるのだ?
私は清められたばかりだ。
さあ、ここがどこなのか教えてくれ。
もっと努力をするから!‘
こういう人たちを博士は
‘知識の高い人’と呼ぶ。
“考えすぎてしまう、知識の高い人”が
その罠にはまるともうどうしようもないという。
博士は続ける。
”ハワイではそのことを ‘Kukai Pa’a’ と言います。
『知的便秘』を意味します。“
ここまで講話が続いたときある参加者が手をあげて
博士に質問した。
“もし、誰かからとがめられた場合、正されるべきは
相手ではなく自分であるということですか?“
博士は答える
“それは、あなたに反応しようとしてやってくる
過去の記憶です。
記憶が咎めるのです。
相手の人がそうするのではありません。“
私の平和