大学生のころ、たまたま通っていた英会話学校の先生に日本語を教えて欲しいといわれ

簡単に引き受けるも、日本語を教えることの難しさに初日で気づきつまずく私。

同時に教える事の楽しさに目覚め、日本語教師を目指して勉強を始めました。


大学卒業後、1年半専門学校に通い文京区の日本語学校に専任教師として運良く就職。

だけど、時は、バブル崩壊直後の日本、外国人が日本に入ってこなくなり日本語学校は火の車。

最初の2ヶ月だけお給料が出たけれど、それからやめるまでの1年間はほぼただ働きでした~

間にアルバイトしながら。


当時の私は、近所の方にお金を貯め込んでいるって思われていたくらい

お洋服も買えずいつもTシャツとジ-ンズな恰好だった人生で一番の極貧時代(笑)

でも、毎日が充実していたのを覚えています。

それから学校が遠くに移転する事になり退社、事務のアルバイトを1年ほどして
商社に就職しました。

元々好きだった英語と学校で習った貿易実務を仕事で使えたらなっていう思いから。


当時の就職事情をご存知の方はうなずいてもらえると思うけれど、求人はほとんどなく

あってもなかなか仕事が決まらないス-パ-買い手市場の時代。
英語が出来る方!とうたっている中、就職した会社は、「英語が好きな方!」と
求人に書いてあって、これなら私も資格あるじゃん(笑)と思い応募。


後に当時の社長に「どうして私が採用されたんですか?」って聞いたら

私が面接時に「納得できない仕事はできません!」といったからだそうです(笑)


すげ-!と思ったそうです。

うん、今の私が聞いても、コイツスゲ-!何様?って思うと思います。


でも、私の真意は

「物事の構造・意味がきちんと理解できてないとやるべき事ができないです、

でも、理解できたらきちんとできますから!」


ま、結果オ-ライです。


そこの会社では営業・貿易事務兼アシスタント、のちに経理もお手伝いしつつ働きました。
たまたまお手伝いした経理の仕事・・・数字合わせが妙に楽しく、気がついたらドンドン

経理の仕事にはまっていきついに経理職を専門とする仕事がしたくなり、7年勤めた会社

を退社。

新しい会社では、経理を1から丁寧に教えてもらい、一人で任せてもらうようになり、

上司にはすごく恵まれたと思います。


3年ちょっと働いた頃、前職の新社長より、経理の人が退職するから総務経理として

戻ってこないか?と声をかけてもらいました。

(喧嘩別れしてないのでちょいちょい飲みに行ってたんです)

営業事務兼総務経理の仕事なら転職した意味がなくなるからイヤだ、総務経理専任なら。

というずうずうしい条件をつけて前職に復帰。

それからも紆余曲折ありつつも、今の会社に戻ってきて8年、通算15年働いています。


そして、今でもその会社でOLをやりつつ、さとう式リンパケアの勉強中。