良いことがあったんです。
すぐにでも話したくて仕方ない、
興奮する気持ちをグッと堪えて、
じんわり広がっていく温かさ。
そこから、喜びの感覚が広がり、
未来への期待へと繋がっていく。
そんな感覚を、
この1週間ほど静かに味わっていました。
その間に、満開のネモフィラも見にいった🥰
これまで私の人生には、
ピンチやトラブル、ハプニングがつきもので、
その度にハラハラドキドキするのだけど、
最終的にはいつも大丈夫だった。
その証拠が、
今ここに私が生きているという事実。
ハラハラドキドキ鬱々している渦中は、
やばい、もうダメだ。と思うんだけど、
たくさん考えて、
たくさん想像して、
たくさん悩んでいる時間は、
結局いつも通り過ぎていくのだ。
そして、
めいいっぱいハラハラドキドキしたその後に、
私が毎回感じていたのは、安堵の感覚だった。
「ホッ」
えっっと、
まさか私は、これを感じたいのでは?
安堵(安心すること、心が落ち着くこと)
を感じたいがために、
ハラハラドキドキを経由してるのでは?
まさか、自作自演
⁉️
昨年の私は、
恋愛・人間関係・お金・仕事・家族・環境、
全てのテーマにハラハラドキドキが発生した。
一つのテーマだけでもしんどい問題を、網羅した😂
さすがにその当時の私は、
うっかりすると足元が崩れるような絶望感が襲ってきた。
その状況で自然と浮かんでくるのは、
最悪な可能性ばかり。
「こうがいい!」と思う望みはあるけれど、
それを100%まっすぐ信じることはできなかった。
理想を語ろうとすると、
「でも、」
「だけど、」
「どうすれば?」etc...![]()
反対側に引っ張る思考が
すごい勢いでぐるぐるぐる〜って出てきた。
だから、考えるのをやめた。
「今はどう考えたって、
相反する思考で望みを遮るだけだなぁ」
と思って。
考えるほど、
疑いの念にエネルギーを注いで、
その思考に勢いをつけてしまう。
「こうが良い!」と思う気持ちと、
「でも、だって」と思う思考。
当時優勢だったのは思考の方だった。
だから、考えるのをやめて、
ただひたすら、大丈夫だと信じ続けた。
・
安堵・安心を感じるために、
ハラハラドキドキを経由するのをやめた。
考えるのをやめた。
走っている列車が急ブレーキを踏んでも、
その場ですぐには止まれないのと同じで、
「やめた」からと言って、
全てがその瞬間止まるわけではないのだと知った。
それが、私にとっては、
昨年の出来事だったり、
うっかりすると脳裏に浮かんでくる、
最悪の可能性だった。
だけど、すべてが通り過ぎていく中で、
感情を体験し切って、折れていなくて、
やっぱり大丈夫だった。
それに気づいた時、
もう何も恐れる必要はないと思った。
これからも絶対に、
私は大丈夫だと知った。
それは、
大丈夫でありたかった私から、
大丈夫である私へ、
内側の状態が変わった瞬間だった。
それに気がついて、
「今の私にできることをする」
ことにした。
その行動が大きな結果を生まなくても、
目の前の何かを解決しなくても、
私は大丈夫なんだから、
焦らず、今、今日の私にできることをしよう。
何も成さなくてもいい
多分この時初めて、
心から自分に許せたんだ。
半年前、
母が救急車で運ばれた。
職場での転倒。
からの、大腿骨の骨折。
ただの怪我かと思いきや、
悪性の骨腫瘍が原因で、
骨そのものが溶けてなくなっていた。
ひとまずの手術を終えて、
病院の先生に言われた言葉は、
「最悪の可能性」についてだった。
骨がどのくらいで再生するかわからない。
高齢なこともあり、再生したとしてもそれまでの間に筋力が衰えてしまう。
最悪、今後もう二度と歩けなくなることを覚悟してください。
介護が始まることを想定してください。
母の母も、
同じ病気でずっと車椅子生活だったから、
”あり得る”と思ってしまった。
そして、これは遺伝だから、
もしかしたら私にも、いつか訪れる未来なのかもしれないと思った。
退院だっていつできるかわからないまま、
結局2ヶ月ほど入院していた。
退院してからは4週間に1度、
病院に通っている。
毎回がん治療の投薬をして
整形外科ではレントゲンを取り、
少しずつ良くなってはいる。
骨も少ーーしずつ再生してきて、
リハビリをしながら車椅子から歩行器に。
ついに先日松葉杖になったところ。
とはいえ、
外出は一人ではできないし、
この不自由な生活スタイルに、
ようやく少しずつ慣れてきた。
誰もが「まだまだ時間がかかる」と思い込んでいた。
もちろん母も!
ところがどっこい!!笑
先日の診察でその現実がひっくり返った。
「骨が再生しているから、
今日から全体重を乗せて歩いて良いです」
と言われて帰ってきた![]()
はぁ?どういうこと??
いきなりすぎて、
「おいおい、その医者は何を言ってるんだ?」
とみんなして疑い出す😂
誰もがその報告を聞く瞬間まで、
一切想像もしていなかった可能性が、
いきなり目の前に差し出された。
母が立った😂
そして歩いた😂😂
本当、こんな感じだった笑
え?本当にいいの?
大丈夫なの?
と、全員困惑(笑)
先生も「奇跡です」って言ってたとww
一体、この4週間で何があったんだ???
母は、
またショックを受けるのが怖くて、
すごく慎重にしているけど、
それでも「いい」って言われたから、
少しずつ歩く練習を始めている。
私はというと、
これは私にとって大きなメッセージだと思って受け取ってる。
「やめる」と言っても、
すぐには止まれなかった列車がようやく止まって、
さらに新しい方向に進み出したんだ。
母の件は象徴的だけど、その他にも、
ハラハラドキドキする出来事を経由しなくても、
「良かったぁ」と安堵することが最近自然と起きている。
安堵というと、
心配や不安がまずあって、
でも思ったよりも大丈夫だった時に、
「ホッ」とする感覚をイメージすると思う。
問題が解決したことで得られる一時的な安心、みたいな。
でも「安堵」の本質って、
外の世界がどうであれ、
自分の心が守られていて、
落ち着いた状態であること。
「もう大丈夫」だと、
心が納得して、緊張を手放せたときの、
あの緩んだ状態のこと。
だから本来の安堵する感覚は、
外の出来事がどうよりも、
自分がどう受け入れたかに強く関係しているもの。
これまで私は、
外側に問題を見出し、
その問題を解決していくことで、
一時的な安心(=安堵)を得てきた。
だから、一つが終わっても、
また次の課題がやってくる。
問題をクリアしていく、
そういうゲームをしていた。
でもそれを「やめて」、
外側に不安や心配なことがあっても、
まず内側の、私の心を守ることにした。
何があっても大丈夫。
今のままで大丈夫。
何も成さなくても大丈夫。
「これでいいのだ
」
と自分を許していった😌
行動よりもまず先に、
安堵することにした。
そんな実験(?)を本腰入れて始めたのが、
今から半年前。母が病気になったとき。
「最悪、もう2度と歩けないかもしれない」
そんな、
「最悪な可能性」からスタートして、
「最高な可能性」へとひっくり返った。
筋力を取り戻すために、少しずつ歩く練習を始めている。
一番コントロールできないことが、
こんなに早く変わったからびっくりしてる。
この出来事は、
「過去の私がいた場所とは今はもう違う。
現在地が変わったんだよ」
ってことを、
知らせてくれているような気がしてる。
だから、
過去の私は信じられなかったことも、
「もしかしてあれもこれもあり得るのかな?」
と、私を再び顔を上げさせてくれている。
引っ張る思考も疑念もなくなった✨
いきなりすぎてついていけない思考に、
しめしめと思っている![]()
埋まらない頭の空っぽ感と、
これまでとは意味が変わった安堵を、
静かに感じながら、
新しい流れに身を委ねている。
母が「乗りたい」と言った観覧車に乗ったら、
思わぬ高さで、しかもこの日風も強くて揺れて、
ハラハラドキドキした😂
ハラハラドキドキは、
この程度で十分ーーー!!
人生にまではもう勘弁です😂
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