ずっと ブログに書くべきか否か
決心がつかない
勇気がない
心にしまっておこう
そう思いながら葛藤してきたこの数ヶ月
世の中がウイルスに脅かされ
その果ての現実を突き付けられた今
私は スーッと思った
伝えなきゃ
今こそ 書かなきゃと思った。
これより先、長くなりますが
どうか 最後までお読みいただけたら幸いです。
ただし、死について不快と思われる表現があるかと思いますので 気にされる方は読まずにスルーしてください。
また 通常の私のブログを見に来て頂ければ 嬉しいです。
昨年 夏
8月に入る頃から猛暑の日が始まる
その週末 私は娘の体操の大会へ
小学生最後の大会
エアコンもない 気がおかしくなりそうな暑さの体育館 種目 タンブリング 二位
娘は最後まで 暑さと戦いながら 頑張った
おめでとう
大会が終わり やっと体育館の外へ
清々しい夏の夕方のまだ明るい空
あー 外の空気が気持ちいい
さ、皆んな集合!
頑張った小学生から高校生までの子供達とコーチ達が 毎年恒例の解散ミーティングが始まる
そんな時
私の携帯が鳴る
液晶には 旦那さんの名前
もー 今から締めのいいところなんだからー
と タイミング悪いなー なんて思いながら
少し めんどくさそうに電話に出る私
職場から
旦那「今 大丈夫?」
私「今からコーチの挨拶とかあるからさー」
旦那 「あのさ… 舞のお母さんが亡くなったって。」
私 「…。…。…。え… うそ……」
はい 集合!!
もう一度 コーチの大きな声が聞こえる
頭はボーっと。
でも冷静に母としてその場をやり過ごし
車に乗せてもらった友人家族に説明し
その後の予定もキャンセルして自宅まで送ってもらう。その間約一時間くらい、
車の中で ふわふわした状態の私。
旦那の説明によると
後ほど 警察が私と連絡とりたいと。
帰宅したら すぐ連絡してくれと。
警察が確認したいことがいくつかあると。
母がその頃住んでいた賃貸の住まいの保証人を
旦那さんがしてくれていた。
母の部屋の異変に気付いた 配達の人が警察に通報
部屋へ入る為 管理会社へ連絡
そして旦那に連絡が入る
年老いて 足腰が弱り 糖尿の持病もあり
二階という家の位置もきっと辛かったはず
母の自宅から少し離れた場所にあるドラッグストアに最近、宅配を頼みはじめたのを 少し前に聞いていた。
母は不自由をたくさん抱え
一人娘の私には決して助けを求めず
ひっそりと一人で浜松で暮らしていた。
色々あり母と私はここ数年会えていなかった
逢いに行けない私がいた
そんな中 宅配のお兄さんがきっとよくしてくれてたんだろう。(後に この方は 母の家の後処理の作業中 配達の中 立ち寄ってくださった)
いつも居るはずの母が数日居ない
何度か宅配に来てくれた ある日
わすがだが 異臭がする… おかしい… と気付いて通報してくれた。
娘の大会からの道中 記憶がふわふわした中
帰宅し、聞いていた 浜松の警察にすぐに連絡
母の状態を聞き
すぐに浜松に行くもんだと思っていた私は戸惑う
警察からは
今調べていることがはっきりしてからとなるので、しばらく待機してくださいと。
え?
私が母の本当の娘か?とのたくさんの確認事項
不思議に思いながらも 淡々と答えていく。
そして
母の現在の身体的特徴を聞かれる
ここ数年 母に会えていなかった為
現在の母の姿を説明できない
なんてこった
警察に母との事情を話し 数年前の記憶を辿り
必死で伝えた
ここまで 話し
やっと警察から
実の娘だと判断してもらえた。
そして 事件性がないことも明らかになり
やっと 母の状態を知る
一人で部屋で倒れていた
状態が悪く
腐敗していると
エアコンは付いたままだったのに
何故か 窓が少し空いていた
そこから 外の猛暑の熱風が入り込んでいたと
やっと
警察から話を聞けた。
その時点で午前0時前
母はちゃんと預かっているので
浜松に行くのは 翌日でよいと。
母に1秒でも早く逢いたい
はやる気持ちをなんとか抑え
明日からの日々を思い 家事を済ませる
その時 電話で対応してくれた警察の方が
この時も、翌日車で向かってる最中も
私に何度も気遣って 優しい言葉をかけてくれた。
この時の私は この方の言葉に救われた。
仕事を早く切り上げ帰宅してくれた旦那と娘と一緒に
車で母のいる警察署へ
到着
母の遺品の確認
遺体の側にあった いつも持って歩いてたのであろう 花の刺繍の黒いバック
中身を確認してくださいと。
携帯
財布
カギ
お薬手帳
間違いなく母のもの。
母のバックを手にしたこの時
はじめて
泣いた
そして聞いた
母は何故か 下着を付けていない状態だったと
裸の状態で倒れていたと
暑かったからか
お風呂上がりだったのか
死因が分からないとのことで理由がわからない
やっとの思いで 母の死の現実を受け止め
やっと母に逢える
そう思ったのに
その優しい警察の方が
とても言いにくそうに
顔を見ること
遺体を見ることは
やめておかれた方がと。
状態が悪いのはわかってる
覚悟をしてる
だから ひとめ母に会いたいとお願いをした。
けれど
それでも 止められた。
そんなに?
想像しても
母がどんな風に朽ちてしまっているのか
想像なんてできなかった
人が死ぬ時は 悲しみと対極にやらなきゃならない現実が次から次へと。
次は葬儀場への手配
火葬の手続き
旦那と娘に支えられながら
一つ一つ 手続き
葬儀場へ
葬儀の段取りの話をし
ここでやっと母に逢える
そう思ったのに
会えなかった
本当によほど酷い状態なのだろう
葬儀場の方からも
私も先ほど確認しましたが
対面は控えた方がと。
涙が溢れて 止まらない
それよりも 私の中で思い出に残っている母の姿が
最後に思い出された方が 残された家族の為にも
お母様にとっても と。
やりきれない思い
おかあさん
あいたいよ
おかあさん
来るのが遅くなってごめんね
ごめんね
おかあさん
おかあさん
頭の中は母と最後に会った日を探してる
火葬されるその瞬間まで
母を抱きしめることも
母の顔をなでることも
母の手を握ることも
触ることもできなかった
発見される数日前
最後に電話で母と話した
声がかすれてた
寝てたの?また夜電話するねー
と気がつかず
その夜 電話を掛けなおすのを忘れてしまった
多分その後だろう…
母の死はいつか訪れるもの
離れてるけれど、死に目にあえなかったとしても
ドラマのように
病院に駆けつけて 母の最後を見送るんだろうな
なんて 漠然と考えていた
まさか 最後の最後まで
顔を見ることができないことになるとは…
今でもまだ悔やむ気持ちは消えず
こうして振り返る度に 悔しくて涙が溢れます
コロナで亡くなった方
最後を看取ることが出来ない辛い別れになる現実を
私はテレビで 志村けんさん、岡江久美子さんの報道で知りました。
その瞬間
母を思いました。
同じだ
と。
これが どれほど辛いかは 体験してみないと分からないことかもしれませんが、少なくとも コロナで亡くなった方のご家族の悲しさ辛さ 分かります。
私は後悔してもしきれないほど
たくさんのことを悔やんだし
当たり前のことなんて ないんだという事も知りました
大切な家族が亡くなっても
骨になるまで会うことができない
それがコロナです。
これが現実です。
私にとって母の死は
まだ正直 受け止めている最中です。
だから このブログを書いてる途中も
何度も胸が苦しくなり 深呼吸しました。
大切な家族とこんな状態で別れることになっても
日常は動いていく
毎日 洗濯してご飯作り 子育てし
慌ただしく日常が流れていきます
だから どこか もう大丈夫
と思っていたけれど
まだまだ 現実と向き合いきれていない自分もいました
だからこそ
ブログに書かせていただくことで
ここにきて一つ
私も気持ちの整理がつくような気がしています
私は主人と娘に支えられました。
母の見送った後の現実
また 次回に投稿させていただきます。
たった一人でもいい
誰かの気持ちに届いてくれることを願います。
どうか お家にいてください。
大切な家族を守るために
あなた自身を守るために
あたりまえは
ないんです
スカッと ブルーが鮮やかで太陽がふりしきる
最高な夏空でした。
