やっぱりね、すべてをわかった(というより、感じている)気になっていると、今やろうとしていることすべて「あれ、実はやらなくてもいい(充分満たされてる)んじゃね?」っていう気持ちになってしまいます。自己を肯定しきってるという意味で。わたしにとって表現というのは自己肯定のプロセスなんで…。
まぁ、元々「わたしにはこれしかない!」っていうよりも「他にやることもないからこれやろう」というスタンスでいるので、別にそれでいいのかなって思います。それを中途半端だなんだと言う人もいるかもしれませんが(脳内バッシング受信中)わたしはこうなんで仕方がないんですよ。だって本当に他にすることがないんだもん!
ていうか「わたしにはこれしかない」ってものは、多分わたしにとって行動でなく思想なんだと思います。だから行動に移そうが移すまいがひたすら己の中で大事に大事にあたためてるんですよ。それを行動に移すかどうかはぶっちゃけ気分次第ですね。もちろん引き受けたことの責任は取りますが。
必死で何かを手に入れようとしなくても、今のわたしにはびっくりするくらい不足がない。だから今のわたしは生活以外なんもせんでいいのです、実は。でもそれはあくまで「今」のわたしの話。そんなに先行き真っ暗でもなくて、舐めてかかればこの先もこのままなんとかなるんじゃね?と思えるのだけど、やっぱり「今後」がどうなるか不安になっちゃうんで、実を結ぶかどうかは別としてとりあえず外界とコンタクトは取っておこうと。なんかやってれば不安も少しは薄れるからね。
あんま無理すると不安は感じなくてもガタが来るんで、自分のやれる範囲で。
ま、どうせ生きてるうちは全部わかった気になってるだけですよ。死んだらわかるかどうかなんてことも生きてるうちじゃわからないから。
わかった気になってるだけだってわかってるから、ちゃんと不安にもなるんだしw
でも、わかったような気になっているときってすごく気持ちがいいんだよね!自分が「普遍」になったような気がして。色々否定的なことを言ったりしているけど、結局はすべてと同化したいんだよな。
25歳のわたしはこんな感じです。育てようとしているところがちゃんと成長して行ってると思う。
まだ若いんで、青いんで、ときどき尖っちゃったりもすると思うけどね!