イメージで捉えているものを、
実体化させるのは案外難しい。
例えば「読めている漢字が書けない」
という現象。
イメージで捉える事は出来ても、
実は曖昧で、形でアウトプットできない。
イメージは捕まえないと流れてしまう。
知っている知識、
できている事(「時々」と「ほとんど」)、
自分の一部として定着しているもの、
この3つの違いについての話は、
講座においてよく反響がある部分。
講座は私にとって最大のアウトプット。
長い年月かけてインプットしてきた
様々な知識を集約させ、
ひとつの形に作りこむ作業。
「わかっている」とスルーすることの危険性。
https://ameblo.mom/magyar-lilac/entry-12255519931.html
言葉は記号であるので、
逆に意味を限定してしまう危険性もある。
言葉から先に降りてきて、
意味を考えて形にしていく作業もあるが、
いずれにしても本当に伝えたいのは、
その裏にあるメッセージ。
送る側と受け取る側のコンディションや
人生経験からくる単語の理解の違い。
それらをすべて考慮した上で、
残る形で何かを語ったり、
記したりする事は、実は勇気のいる事。
偶然捕まえたメッセージでも、
もしかしたらどこかの誰かが
必要としているものかもしれない。
何とか万人に伝えようと、
言葉をかみ砕いていたら
文章は果てしなく長くなるだろう。
それなら逆に私は、
ただ一言が色々に響くような
不思議な小冊子作りを
今後もしていきたいと思う。



