人生振り返り物語 元不登校児の娘の中学生編④ | 愛知 名古屋 岡崎 不登校、引きこもりの我が子の未来が最速で拓く方法

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娘が中2で突然不登校になりました。不登校と引きこもりの4年間を振り返ってみると、全ては母親のマインド1つである事を確信しました。いい母親になろうとすればするほど、子どもを追い詰めていました。我慢は辞めて私が自分らしく生きる事が一番の改善策だったのです。

 

こんにちは。

 

 

 
 
櫻井雅子です。
 
 
 
少しずつ不登校児だった娘の事、
私の自己価値が低くて
他人軸でストレスだらけの
人生を振り返っています。
 
 
娘が生まれ、これが私の
ストレス人生の始まりでした。
 
 
*✳︎✳︎☆ 。*✳︎✳︎☆ 。
 
【 ストレスだらけの中学校】 
 
 
娘の中学生活で、テストだけが
ストレスの元では
ありませんでした。

 

 

学校、全てが

ストレスだったのです。

 
 
小学校までは優しかった先生も
中学では厳しく、時には怒鳴り、
キレる先生。
生徒も反抗しにらみ返し、
口答えする。
納得のいかない事で
叱られる。
 
 
小学校ではみんな仲良しだった
クラスメイトも、中学では
グループが出来て、いじめや仲間外れなど
も起こってきました。
 
 
そんな風景を見るのさえも
繊細でHSPな娘は耐えられないのです。
 
 
勉強もどんどん難しくなり、
休んでいると置いていかれます。
 
 
全てが小学校とは違いました。
 
 
一気に変わってしまった
中学校生活に、
娘は対応できなかったのです。
 
 
(中1で、中学校最初で最後の合唱コンと
なるとは…)
 
 
 

中学二年の担任の先生は

独身の女性の先生でした。

 

 

元気のいい男子は先生に反抗します。

 

 

叱られても言い返し、バトルになります。

 

 

娘は、それを見ていることも

苦痛でした。

 

 

娘は小さい時から大好きな絵を

書くことでした。

 

 

それが出来るのが芸術文化部でした。

 

 

そして、娘の将来の夢は様々な

オリジナルキャラクターを考える

イラストレーターでした。

 

 

小学校の頃から、絵がうまいねと

よく褒められたり、夏休みにポスターを

書けば入賞を何度もしていましたので

娘自身も、絵には自信が

あったと思います。

 

 

ところが、その芸術文化部で

想像をはるかに超える、

絵の上手い子がいました。

 

 

もう、どう考えても

追いつけないくらい、

圧巻のうまさでした。

 

 

そして、その子の夢も

イラストレーター で、

イラストレーターになるのは

○○ちゃんくらい上手くないと

なれないと、自己判断してしまい、

ずっと思い続けていた夢を諦め

そこでも挫折してしまいました。

 

 

勉強も、人間関係も、部活も

全てうまく行きませんでした。

 

 

 

娘の笑顔は徐々に少なくなって

行きました。

 

 

 

次回に続きます。
 
 
 
 
 
 
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