やっと
わかったこと
わたしの中にも
「愛」があった
ということ
自分のことを
冷たいよなぁ
なんて
自分には「愛」というものが
足りないんじゃないか
そう思ってしまうことがあった
どうして自分には
「愛」が足りないんじゃないか
って思うようになったかというと
やっぱり
母、なんだろうな
わたしには
母は愛情深い人に見えてたから
やさしい人とはこういうもの、って
思い込んでた
母の表現する「愛」の仕方は
わたしにはできないことだった
だから
そんな自分はダメなんだと
思ってた
「愛」が少ないわたし
人として、どうなんだろう
って思った
「ちゃんとしなきゃいけない」
「ちゃんと出来なきゃいけない」
わたしの中の
「ちゃんと、ちゃんと」の大元は
ここからかもしれない
母の在り方が正しい
そう思ってしまったのは
「愛」ってそういうものだとしか
認識してなかったから
どこかで見たもの、聞いたものを
定義してしまって思い込んでたら
自分の中のあるもの
「あるもの」として
認識できず見過ごしてしまうかもしれない
だけど
わたしの中に「愛」が
なかったわけじゃない
「愛」はほんとうは
誰の中にもある
それを「わたし」という人間を通して
表現していけばいい
それは
母という人間を通した表現
とは異なるものであって
異なるもの、だったから
気づけなかっただけ
わたしには
「ない」
と思ってしまってた
「ない」自分が
恥ずかしかった
でももう大丈夫
わたしという人間を通した
わたしなりの「愛」を出せればいい
そんな可能性に気づいたから
どちらが正しくて
どちらが間違ってる
というものではない
「愛」という目には見えないものを
それぞれ違うフィルター通して
生み出してるんだから
どちらもそれでいい
どちらも尊い「愛」の表現
わたしが
母の「愛」の表現をマネしようとしたら
自分に無理をすることになる
自分の質を知り
あるがままの自分を許して
わたしらしい「愛」を表現したら
それはとても自由で喜びになる
「愛」の表現は
いろんなかたちがあっていい
わたしはわたしを生きていい
わたしはわたしを生きるんだ

立川献血ルーム イベント インナーチャイルドカード![]()
10月5日(木) 11時~13時半
10月18日(水)11時~13時半
献血にお越しの際はお気軽にお立ち寄りください![]()
(ご自身の飲食代はご負担ください)
olivetree8smile@gmail.com
(お申込み後に日時・場所のご相談させていただきます)
※モニター価格及び期間は予告なく改定・終了させていただく場合もございますのであらかじめご了承ください