まあ、やっぱり表現しきれないことや
なかなか言えないことなどは
いろいろあって、
そういうときに、音は有効だなあと思います。
形にするにはあやふやで小さすぎたり、
とりとめもなかったり
っていうものたちも
音のなかではそのまま浮遊してられるようで。
前にオルガンの先生が
「音のひとつひとつはモザイクのようなもので、
それを一枚ずつ細かく丹念にはりつけて、全体の流れ、一曲を作るんだよ」
って言ってくれたんですが
(↑要は私の音は「目の前の一音」しか聞こえず、全体像が見えない!っていうダメ出しだった)
音のひとつひとつが「モザイク」って言うイメージ、
すごく腑に落ちる。
まあすご~く下手ですけど(ツェルニーくらいまでしか弾けない!)
そういう弾き方もあってもいいというか、
私はピアノとか歌があってよかったと思います。
58沿い(沖縄の道路)を、北に向かって走る車から見た
光るようなエメラルドグリーンの海。
やんばるの森の
ムッとする湿度と濃度の濃さ。
子供のころ、「お泊り会」ではじめて作ったポテトチップスの味。
おじいちゃんが無造作に
バケツから取り出して食べさせくれたアワビがめちゃ美味しかったこと。
ロッキングオンのフェスの
とんでもない暑さやら、
轟音が空に昇ってく感じやら。
みんな笑ってて、天国みたい~!って思ったこととか。
なんてことのない記憶の粒に、直接触れられるみたいで。
別にノスタルジアに浸りたいわけでもないのに、
勝手に「空気の感じ」で
どんどん記憶がからだから出てくる私には、とっても有効。
(これで上手だったらアーティストになれそうな言い草だけど、そういうことは決してなさそうだ。)
癒されるという言葉は好きじゃないんだけど、
こういう感じかな?と思います。
癒しっていう体感。
この音のなかでは
どんな思いをしても大丈夫。
なにを言っても大丈夫。
記憶がぶわっと立ち上る。
懐かしい風景がいっぱい。
夏だなあ!と思います。
まあまあ、追憶なんて(すごく美化されてるし!)
そんなにいいもんじゃないと思うんですけどね。
音がある間は、
ちょっとくらい浸っててもいいかな~、なんて。