朝の澄んだ空を眺めるようになって、ふと自分の原点となった場所の景色が以前よりも、目に浮かぶことが多くなりました。
(今日のブログは、2021年の6月に書いた記事を元に、加筆しました)
20代の前半、私が飛び込んだのは「イヴ・サンローラン」のオートクチュール(Tokyo)の世界でした。
「ファッションは廃れるが、スタイルは永遠だ」
モードの帝王と呼ばれたサンローランが残したこの言葉を、私はただの知識ではなく、実際に味わうことになったのです。
当時のアトリエは、一ミリの半分、わずか0.5mmの狂いも許されない厳格な場所でした。
効率やコストパフォーマンス、合理性といった言葉はどこにもありません。
「最高の一着」を仕立てるためだけに、ありとあらゆる妥協を捨てて美を追求する。
圧倒的な美意識を持った職人たちの誇りを目の当たりにした経験が、今も私の中に息づいています。
私がつかせていただいた師匠は、アトリエでも随一のセンスと几帳面さを持つ方でした。
今よりもずっと不器用だった私は、その緻密さに呆然とすることもしばしば。
けれど、洋服の仕立てはもちろん、トイレ掃除の作法に至るまで、その方から徹底的に叩き込まれた「物事への向き合い方」こそが、私の一生の宝物になりました。
オートクチュールのアトリエでは、基本的にはパリのアトリエと同じやり方が採用されますが、画一的なやり方や正解があるわけではありませんでした。
職人一人ひとりの経験や感性が尊重され、教わる人によって大切にするポイントが異なり、仕上がりにも差が出ます。
技術について摩擦があったり、それぞれの職人の考え方の違いでトラブルもありましたが、作品の圧倒的な美しさが全てを物語っているように感じ、私の師匠が仕上げたドレス(当時の価格で1,200万円)の美しさと、奥ゆかしい謙虚さの中にも誇りを感じさせる師匠のお顔が今でも目に焼き付いていて離れません。
(オートクチュールの販売価格は、タイトスカートで90万円から、ジャケットは350万円から700万円、ドレスは1,000万円から3,000万円でした)
社会人としても未熟だった私は、癖の強い、けれど彩り溢れるプロフェッショナルな方たちの間で、言葉にできない想いを抱えながら、じっと周りの人を観察することで、精一杯だった気がします。
でも振り返ると先輩方やベテランの職人さんたちには、皆温かく接していただいた思い出しかありません。
休憩時間には、めいめいに手縫いを楽しんだり、20代から70代の方まで働いていたので、お茶やコーヒーお料理のコツを教わったり、仕事だけでなく、人間としての豊かさも教わったかけがえのない場所です。
↓↓先輩がお昼休みに、ふざけてボディに顔をつけたもの。(奥に写っているおでこちゃんが私)
パリから届く一枚のデザイン画が、数えきれないほどの手仕事を経て、お客様のサイズで形になっていく。
コレクション(ファッションショー)などを終えて一段落するごとに行う大掃除では、一番長く勤務されているマネージャー的な方が古い時代の作品を写真を見せてくれたりして、心が躍りました。
(↓↓写真のスカートは、当時私が実際に制作に携わらせていただいた一着です)
一番手前のモデルのジャケットを師匠が製作・私は師匠の指導のもとタイトスカートを担当
あれから時間は経ちましたが、私の根底に流れているものは、あの頃と少しも変わっていません。
- 永遠の美が宿るように、一切の妥協をしないこと
- 完成までどんなに遠くても、あきらめないこと
- 小さな1ミリの積み重ねが、世界を変える美しさになること
これまでの経験を活かして、一針一針に想いを込める。
それが、私たちのアトリエを選んでくださったお客様の「最高の喜び」に繋がると信じています。
今日は、私たちのアトリエに声楽家のM様が、アンティークショップで入手されたフランス製の生地を、お持ちになっていらして下さいました。
いつも豊かさと楽しさを運んでくださるM様にふさわしいお洋服になるように、心を込めて製作させていただきます。
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私たちのアトリエの上のフロアにあるリラクゼーション・整体・鍼灸院のスピロソフィアの発信です!
動画製作担当の夫は、夜のお酒もお休みし、時にはご飯すら忘れて取り組んでいます*
よかったらぜひご覧ください↓↓
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今日もブログを読んで下さり、ありがとうございます。
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