橋下さんの発言が物議を醸しているのをきっかけに
自分の性に対する考えを書いてみます。
橋下さんのツィッターやらネットの記事やらを読むに、
彼は過去も、これからも従軍慰安婦を肯定している訳ではなく
米兵の性欲のコントロールとして、合法的な風俗産業を利用したらどうか
と提案したことが、
物凄い顰蹙、人権侵害と怒り抗議をする方たちが出てきたと。
確かにそれも分かります。
実際従軍慰安婦になった方や、
沖縄で米兵の性犯罪を目の当たりにしてきた方たちからすれば
それらを連想させ、色んな感情が出てきたことも理解出来ます。
私も実は痴漢や、
強姦まではいきませんが、無理やり男性に性交渉され
また、いじめで性的な嫌がらせをされたりしたことなどから
凄く自分が汚れた、汚い存在のように思えたことがありました。
汚いから、ちゃんとした男性から愛されないのではないか
そんな思いになったことがあります。
しかもそれは相当長く続きました。
でも、売春をしようが、
強姦をされようが
自分は汚れたりなどしないのです。
この間見た、レミゼラブル。
物凄い違和感があったのが、売春するフォンテーヌが、
まるで地獄に落ちたかのように描かれていたこと。
明るく楽しく幸せに売春する
売春婦がいたっていいんじゃないかと思いました。
性を聖なる物のように扱うのは、
性を貶めてることと同じように私には思えます。
実際、私は従軍慰安婦の方たちと国会前に座り込み活動したり
従軍慰安婦の方の講演に行ったこともあります。
そういった方たちの気持ちに寄り添っていくことと
今ある風俗産業や、性欲、性交渉についてあるがままに受け入れること
両方大切にしていきたいと思うのです。
今回私が感じたのは
アメリカ兵が合法的風俗産業を利用することに何か問題があるのか
ということ。
そこに、私もかつて持っていた
性産業に対する偏見や差別、侮蔑のようなものを感じました。
性産業や風俗が悪、という前提がそこにあるような気がします。
性産業についてる女性が、不幸なように見えたり
被害にあっていたり、ということももちろんあると聞いています。
しかしながらその根本には、性を聖なる物のように扱うことで
逆に性産業や、性産業についている人を貶めてる
そんなことが起きているのではないかと感じています。
私自身は、素直に豊かに性愛を
楽しめる社会になったらいいと思います。
いつか性産業もなくなって、
男女とも自由に楽しくリスク対策も出来た上で
性を喜べる社会になったらいいなと思います。
性は恥ずかしいもの、タブーのが大きくクローズアップされていて
喜びや幸せの方がとーっても大きいのに
それを表現しずらいのが窮屈でしょうがなかったです。
確かにいろいろ問題もたくさんあるので
それもきちんと伝えた上で
リスク対策をした上で楽しめるよう伝える方が私はいいような気がします。
昔窮屈でしょうがなかったから
絵を描いてるのだと思います。
聖なるものでもなく
悪なものでもなく
人間としてあるがままの性
そういった世界をこれからも描いてくのだろうな。
もちろんいろいろすったもんだはあるので
人に自慢出来るものでもないのですが、
私なりに豊かな性愛を味わっている
と承認して、この文章を終わりにします。
iPhoneからの投稿
自分の性に対する考えを書いてみます。
橋下さんのツィッターやらネットの記事やらを読むに、
彼は過去も、これからも従軍慰安婦を肯定している訳ではなく
米兵の性欲のコントロールとして、合法的な風俗産業を利用したらどうか
と提案したことが、
物凄い顰蹙、人権侵害と怒り抗議をする方たちが出てきたと。
確かにそれも分かります。
実際従軍慰安婦になった方や、
沖縄で米兵の性犯罪を目の当たりにしてきた方たちからすれば
それらを連想させ、色んな感情が出てきたことも理解出来ます。
私も実は痴漢や、
強姦まではいきませんが、無理やり男性に性交渉され
また、いじめで性的な嫌がらせをされたりしたことなどから
凄く自分が汚れた、汚い存在のように思えたことがありました。
汚いから、ちゃんとした男性から愛されないのではないか
そんな思いになったことがあります。
しかもそれは相当長く続きました。
でも、売春をしようが、
強姦をされようが
自分は汚れたりなどしないのです。
この間見た、レミゼラブル。
物凄い違和感があったのが、売春するフォンテーヌが、
まるで地獄に落ちたかのように描かれていたこと。
明るく楽しく幸せに売春する
売春婦がいたっていいんじゃないかと思いました。
性を聖なる物のように扱うのは、
性を貶めてることと同じように私には思えます。
実際、私は従軍慰安婦の方たちと国会前に座り込み活動したり
従軍慰安婦の方の講演に行ったこともあります。
そういった方たちの気持ちに寄り添っていくことと
今ある風俗産業や、性欲、性交渉についてあるがままに受け入れること
両方大切にしていきたいと思うのです。
今回私が感じたのは
アメリカ兵が合法的風俗産業を利用することに何か問題があるのか
ということ。
そこに、私もかつて持っていた
性産業に対する偏見や差別、侮蔑のようなものを感じました。
性産業や風俗が悪、という前提がそこにあるような気がします。
性産業についてる女性が、不幸なように見えたり
被害にあっていたり、ということももちろんあると聞いています。
しかしながらその根本には、性を聖なる物のように扱うことで
逆に性産業や、性産業についている人を貶めてる
そんなことが起きているのではないかと感じています。
私自身は、素直に豊かに性愛を
楽しめる社会になったらいいと思います。
いつか性産業もなくなって、
男女とも自由に楽しくリスク対策も出来た上で
性を喜べる社会になったらいいなと思います。
性は恥ずかしいもの、タブーのが大きくクローズアップされていて
喜びや幸せの方がとーっても大きいのに
それを表現しずらいのが窮屈でしょうがなかったです。
確かにいろいろ問題もたくさんあるので
それもきちんと伝えた上で
リスク対策をした上で楽しめるよう伝える方が私はいいような気がします。
昔窮屈でしょうがなかったから
絵を描いてるのだと思います。
聖なるものでもなく
悪なものでもなく
人間としてあるがままの性
そういった世界をこれからも描いてくのだろうな。
もちろんいろいろすったもんだはあるので
人に自慢出来るものでもないのですが、
私なりに豊かな性愛を味わっている
と承認して、この文章を終わりにします。
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