“Be Assertive, Be Authentic!!”
「自分の意見を持ち、王道を歩もう」
あなたはあなたの思うことに正直になり、本来の美しい魂の輝きをこの世に放ってほしい。
このブログでは、私さくらの実感に基づいた気付きやコミュニケーション研究など、“美魂イズム”をシェアして、訪れてくださる皆さまの心が軽くなり、笑顔と元気になれる“tips(コツや秘訣)”を中心に書いております![]()
![]()
さくらのサービス一覧→こちら☆
![]()
はてなブログ始めました→想いをことばに。さくら色の世界![]()
さくらのTwitterはこちら→@AiNiimiya
「人生はドラクエ」が持論の、スピリチュアル(&時々ポリティカル)アサーティブネスコーチ・スーパースター
さくらです![]()
![]()
今朝は大阪を震源とする地震が起きましたが、関西方面の皆さまは、大丈夫でしょうか。
比較的大きな地震が起きるとき、この春に島根の地震が起きた時も真夜中まで寝付けなくて揺れが起き、今朝も早くに目が覚めて、眠いのに、なんだか気持ちが悪くて眠れなかった。
そこへ揺れがきたので、このパターンは自分の「野生の勘」の発動として、心に留めておこうと思いますし、情報検索の前に、こういう原始的な直感力を大切にしようと、東京で痛感した3.11の経験からも思うのでした。
3.11後の私の心境→本能のスイッチ
昨日の夕暮れは、なんとも神秘的な空でした。
この空をどんなふうに感じるか、風景の中に何を見るかはそれぞれの感性にお任せしますが、
世界は「未知のフェーズ」に入ったんだなあ。。。ということは、いろんなところで実感しています。
自分でこの時(大変化)が見たくて、結構な競争率を突破して地球に来ているはずなのに、大人になるにつれて、そのことを忘れてしまっていましたが、
最近、純粋な子どもや若者たちの純真なまなざしに出会うたび、心洗われる思いがするとともに、「どうかこのまま、汚れないでいてね」と願わずにいられない。
この子たちが未来を担うために、私たちの世代はもっと頑張らないといけないなあと思うのです。
→激動の時代の入り口に立つ:野生の勘と、見極め力とを磨きつつ、自由にたくましく生きる。
「激動」といっても、その変化の激震はいきなり訪れるように見えて、じわじわとその予兆は始っているもので、
日々忙しくルーティンを送っている人たちには、単なる普通の一日であっても、注意深く観察している人たちには、“これまで通り”の中に「あれ?」と思う出来事を見つけて、
何年か前から、「戦前の雰囲気に似てきた」ということを耳にするようになりましたが、最近私自身、単なる知性の欠落では説明のつかない言論空間の異様さだけではなく、普段の生活の中で「ああ、こういうことを言っているんだな」と感じることが増えました。
何が真実かを見極める目を持つためには、「何が真実なんだろう?」と疑問を持つことが第一歩ですが、
なんでこんな“調べの浅い”ゴミ情報を盲信できるんだろう?というような、「自分の頭で考え(られ)ない人」が結構な数存在している現実に、空恐ろしさを覚えます。
こちらの記事でも書いていますが、
フェイクなニュースもピープルも、今日明日には絶滅しそうにないのなら、そういう嘘に惑わされ虚飾に踊らされない、「賢い自分」になればいい。
それこそが、人類の知性の活かし方だと思うし、真実を見極める眼力と知性を鍛え、感情に走り過ぎず、温かい心と理性で対処することが、最善の解決策であると私は思います。
そういう嘘つきたちに、「正直者になれ」と無理難題を求めてさらなる怒りの炎で自分を傷つけるより、自分が賢くなる努力は今すぐできるし、その努力は嘘をつかないですからね![]()
「自分が賢くなる努力をする」というのが、最善の一手であると分かり(→自分で書いた過去記事に答えがあったという)、この自分の特殊能力=直感力を封印するのではなく、活かすことへ努力の方向性を変えました。
使おう&磨こう!!→直感と第一感
さくらの特技→人の“目利き”術
「裏を取る」あるいは「情報を比較検討する」「情報源の信頼性の確認」等々、永田町勤務時代は普通だった“疑り深さ”を最近完全復活させ、日常生活にも活用し始めたのですが、
Twitterなどの発信で「発言自体は良さそうに思えるが、言いようのない気持ち悪さ」を覚えるのはなぜだろう?と、過去の発言を遡って“洗って”いくと、妙な思想が垣間見えて「ああ、やっぱり」と腑に落ちたり。
応援しているように見せかけて、実は貶めるようなコメントを付けている人たちは、あまり賢くはないので、必ずどこかで尻尾を出している。なぜ、こんな分かりやすい“工作”を試みるんだろう?という研究対象でもあります。
こういう情報操作は、本当に恐ろしく頭のいい人でなければ、すぐ論理破綻をきたすものなので、知性に自信のない人がこぞってやりたがるのはなぜなのか、本当に謎でしかありません。
いい悪い、正しい間違っているではない、自分の好みのストライクゾーン確認と直感力テストでもあるので、私はこの情報精査と「人物を見極め、ふるいにかける」作業が楽しくもあるのですが、
いまは誰もがこうしてSNSで発信できる時代ですから、言葉は良くないですが「人を見たら泥棒と思え」くらいに最初から疑ってかかってちょうどいいくらいだと、私は思います。
それくらい精査しないと、「信頼できるかどうか」をある程度の期間見定めて(ここ大事!!どんな“演技派”も、慣れてきた頃にボロを出してきます)、ごくたまに優れた知性に出会えたりすると嬉しいですし。
人は魂で見る。これが基本→第一感は、常に正しい。
いま振り返れば、永田町時代は“リアル工作員”に出会っていたんだなあと思います。
自らスパイだと名乗るような人はいなくて、「普通の名刺」を持って近付いてくるものだよ、と教わったとおり、「この人、多分その筋の人なんだろうなあ」と感じる人たち、あるいは協力者に成り下がっているプライドのない人たちも実際に目にしてきました。
おかげで眼力と直感力は鍛えられましたが、「民間人だからといって、決して油断してはならない」というのが、永田町を離れて分かった私の最大の教訓でもあります。ある意味、悪質な嘘つきが多いと感じる。
この地上の構成員は人間なのだから、当たり前といえば当たり前ですが、別に政界だけが汚いわけじゃないんだというのは、私にとっては新鮮な驚きをもって理解できた事実の一つでした。
どういう人たちが信用ならないかというと、「その人の目を見れば大体分かる」というのは真実だと思います。「これは要注意だな」というような人物は、目の中に必ず独特の“濁り”がある。
特に目を真っ直ぐに見て、こちらを直視できない相手は疑ってかかるべし。
時々、ゾクっと背筋が冷たくなるような、氷のような目をした人もいますが、そういうときこそ、にこやかに目を見て挨拶をする。小物はだいたい、この時点で追い払えます。
→「目は口ほどにものを言う」は本当です。その人の本質を見抜く“眼力”を身に付ける。
この愛くるしい表情!!嘘のない動物たちはほんと心安らぎます![]()
私はあまり演技派ではないので、「人の思惑を分かったうえで近づくことを許し、こちらもそれを利用して情報を引き出したり、適当な情報を与えて泳がせる」という、政治家のような芸当はできなかったですが、
その人が信頼に足るかどうかを見極めるために、また誰と裏で通じているか分からないので、情報は「意図的に扱うもの」というのが身に付いてしまっています。
なのになぜ、こんなに一生懸命、せっかく磨いたこの特殊技能を“封印”しようとしていたのかというと、もちろん「嫌われたくない」という“邪心”があったからで、
→「付き合う人は選べ」は、「嫌われたくない」という邪心からいかに自由であるかだ。
そんな自分が嫌な人間に思えて、一生懸命普通になろうとしていたのですが、「努力は嘘つかない」のも本当のことだから、好かれようとするよりも、本来の自分であることに集中します。
全然変わってない自分を、自分の書いた文章の中に見るにつけ、自然体でいこうと思えるのです![]()
![]()
3.11後の私の心境→本能のスイッチより抜粋
震災後・・・じゃないな、震災前からそうなんだけど、この情報過多の時代、いろんな情報があふれ過ぎていて、そういうのにほとほとうんざりしていたのだけど、特にこの震災後、もう疲れ果ててしまったというのが正直な気持ち。
自分が知りたいと思って調べたことであっても、誰かが教えてくれたことであっても、日々接する情報の何が正しくて正しくないのかというのは究極的にはわからない。わからないことは悪いわけじゃなくて、自分でいろいろ調べてみて多角的に検討して、自分としてはこれが正しいんじゃないかなという判断をして行動していく自主性がうまれるし、「世の中にはわからないことがたくさんある」と知ることで、もっと勉強しなければと謙虚になる。
ただ、この世のどこかに「絶対正しい」答えが存在していると思わないことと、そしてその確たる答えを自分の「外」に求めているうちは、いろんな情報に接するたび振り回されてしまうので、そのあたりは気を付けないといけないけど。
すべて「ホンマかいな」と疑ってかかりつつ、「ホントかもしれない」と思っているくらいでちょうどいいと私は思うけど、この塩梅は人それぞれ。「人がこう言っているから」ということに影響を受け過ぎず、参考にしながら自分はこう思う、という立ち位置。それは人に聞くものでなく、自分で考えるなかで確立していくものだと思う。
私なんかがこうしてブログを書いているように、いまでは誰もが世界へ向けて「発信」することができる。誰でも好きなこと書いて発表できるということは、書いている本人は楽しいとか、これまで届かなかった誰かの心へ自分のことばを届けることができるという新しい喜びをもたらしてくれた半面、無責任に書かれたものも大量に流布されているのも事実。
それは、なにがしかの「意図」が入っていたり、バイアスがかかっている情報が精査されずに無制限に溢れかえっているということであり、毎日生きているだけで、いくらこちらが見たくも知りたくもなくても、さまざまな情報が目や耳にどんどん飛び込んでくる状況に私たちは身を置いている。無防備でいては、どんどん流されるばかり。自分の「内」をしっかりと護り、「外」から入ってくるものに対する意識的なブロックが必要な時代になったと思う。
入ってくるもの、もたらされてくるものにはもちろん有益なものや素晴らしいお導きもあるけど、いちいち全部に対応・反応していたら自分の時間がなくなってしまうし、時々は外界と切り離して自分の頭で考える時間をつくらないと、「自分」がどこにあるのかわからなくなってしまう。
1日24時間、1年365日。そのなかで自分がやるべき仕事があり、やりたいことがあるのだから、情報の取捨選択、時間の使い方を自分でしっかりとコントロールしておくことがこれからは一層重要になると思う。
「人を見たら泥棒と思え」と言っていいくらい、考える時間を奪っていく「時間泥棒」たちには要注意。
お読みくださり、ありがとうございます![]()
![]()
私の書いていることが何かのご参考なればうれしいですし、ご自身でクリエイティブにご活用くださいね。
今週末のワークショップも、「自分を知る」を深めに、セルフケアにぜひいらしてください![]()
![]()
♪さくらの感情解放&受容ワークショップ@とりの巣カフェ
~「自分を知る」は最高のセルフケア☆~
<あなたの感情、置き去りにしていませんか?>
人間として生きていると、喜びや楽しみ、怒りや悲しみと、さまざまな感情があります。
しかし、大人になるにつれて、「こんなふうに思ってはいけない」と、自覚的に、また無意識に自分の感情を抑えてしまい、フタをされた感情は心の奥にしまい込まれている。
どんな感情も、「なかったこと」にしてしまったり、たとえささいなことであっても「これくらい、何でもない」と扱われるべきではありません。
自分を大切にするということは、どんな自分の思いも、気持ちも、感情も、否定せずに受け入れること。
自分の感情を知り、理解することは、最大のセルフケア。アサーティブネスコーチ・さくらが、心のお掃除とセルフケアの方法をお伝えします☆

<ワークショップの内容>
(午前の部)
10:30~12:00 感情の解放&“烈火のプライド”の使い方
(昼食&休憩)
12:00~13:30 みんなで一緒に美味しいごはん♪
(午後の部)
13:30~15:30 感情の理解と受容~セルフヒーリング
自分を知ることこそ、最大のセルフケア。
ワークショップが終わる頃には、心にしまわれていた怒りや悲しみを理解することで、よりご自身が愛しくなり、表情も柔らかに、スッキリと変化していることでしょう。
講師:さくら(アサーティブネスコーチ)
ブログ「美魂的人生道」![]()
![]()
日時:6月24日(日)10:30~15:30
場所:「四国のへそ」とりの巣カフェ
参加費:¥8500(昼食は各自精算。午前の部、午後の部だけご参加希望の場合は、ご相談ください)
詳しくは→こちら☆
お問合せ&お申込みはこちらまで![]()
![]()
→newpalace.love☆gmail.com(☆を@に変えてください)
さくらの“美魂イズム”→凛として、魂美しく生きる。
さくらのサービス一覧→こちら☆
2018年6月以降のご予約、受け付けております![]()
美魂コンサルやコミュニケーション講座を受ける前に、「おためし」として、私さくらとの“相性チェック”に。
ブログを読んで、分からないことを聞いてみる機会に。
その他、何でもお気軽にご質問ください。
お時間は10分~30分まで
詳しくはこちら
ご好評の“さくらの宅急便”
の進化形☆
【対面セッション】徳島市内のカフェ、遠足セッション
ご感想はこちら→☆
【遠隔セッション】メールセッション&スカイプ対応
単に実用的なコミュニケーションスキルを身に付けるという以上に、自分の思いを表現するために、まずは自分自身を知り、“ものの考え方”を健やかに鍛え直す“筋トレ”レッスンです![]()
詳しくはこちら→講座内容説明
お問合せ&ご質問等はこちらまで![]()
→newpalace.love☆gmail.com(☆を@に変えてください)










