チーム魔法組のさくらです
さて我らが美魂道のちえこ姐さんに弟子入りし、
張り切って始めた、この美魂的政治道
ちえこさんとの出会いは2009年
一時帰国されていたとき、共通の友人の紹介で、東京でお会いしたのでした
なんだかすごくパワフルな集いで、その当時深い迷いの途中にあった私の心を、
大きく優しく愛で包み込んでくれて。。。
以来、私さくらはちえこさんに惚れております
であるため、
できるだけ正確に書いてもらいたい
と願いながら、いつも対応していました
特に「珍獣の飼育係」(某記者)時代
珍獣=伊吹校長は気難しいうえ、礼儀にうるさいので、
各社とも志帥会(伊吹派→当時)担当には、
を送りこんでいたため、頭も性格もいい人が多く、さくらはわりと対応が楽な面がありました
政治記者の仕事は、本当に大変です。
朝早くから夜遅くまで、担当の政治家に張り付いたり記者会見をフォローしたり、
そのなかでスクープを取ろうと頑張っている
さくらはそういう姿を見て、各社一律対応ではなく、
記者個人の熱意と人柄によって、対応をキッチリ分けていました。
ある日のこと。
日ごろから熱心で丁寧な取材姿勢を好ましいなと感じていた某紙記者がやってきて、
「今日、夜の会合がありますよね。どのホテルですか?」
と聞いてきました。
もちろんそんなこと教えたら校長に怒られるので
「ごめんなさい、場所は申し上げられないんですけど、会合があるのは確かです」
と答えました。
彼は「やっぱり、場所は教えてもらえないですよね。。。」
と控えめに食い下がりつつ、
さくらの困ったような表情を察してくれて、
「分かりました、また来ます!」
と言って、その記者は礼儀正しく帰っていきました。
そのあとすぐ、そんなにいつも取材に来ているわけじゃない記者がやってきて、
「今日の会合、ニューオータニですよね?」
といきなり聞いてきた。
ちょうど帰り支度を終えて部屋を出ようというときで、
不意を突かれたこともあり、さくらは一瞬答えに詰まり
「あ、ていうことは、そうなんですね??」
と畳み込まれたとき、
「あー、やられた。。。」
と思いつつ、
「お答えすることはできませんが・・・ 」
と、キッパリ否定することができませんでした
(→本当のことは教えられないけど、「違う」とウソを言うこともできない性格)
それを聞いて記者は満足気に、
「ありがとうございました!
」と、ニューオータニに向かって行った。
その姿を見て、さくらの胸にモヤモヤが広がりました
その記者に知られてしまって校長に怒られる・・・
ということよりも、
ああ、さっき来てくれた記者に申し訳ないことしちゃった・・・
と。
いつも熱心に取材をしている人を差し置いて、たいして頑張ってもいない人が情報を得てしまった。
さくらはすぐに、名刺を探して連絡を入れました
「先ほどおたずねのあった件で、あのあと他社の記者がやってきて、
会合はニューオータニですか?と聞かれて、
思わず顔に出てしまい、場所を知られてしまいました。
先に来てくださったのにもかかわらず、他社に知られてお知らせしないのはフェアではないと思いますので、ご連絡いたします」
その記者は、「ありがとうございます!今から行きます!!」
と、取材に間に合ってホッとしましたし、
「昨日はありがとうございました。助かりました」
と翌日丁寧にあいさつに来てくれて、「きちんとした人だな」と感心して、
それ以来、仲良くなりました
もちろん、「絶対に記者に言ってはいけないこと」というのはあります。
だけどいつも頑張って取材をしている記者には、
できるだけ丁寧に説明をし、資料を差し上げ、
「いい記事を書いてもらいたい」と願って協力していました。
マスコミとなれ合いになってはいけませんが
一生懸命頑張っている記者の努力にはこたえてあげたいと思うのが人情
でありますし、
私が困って相談したときに、彼らが助けてくれることもありました
勘のいい記者なら、すべてを答えなくても、
ちょっとヒントになるようなことを言えばピンと来て、
どこへ何を聞けばいいか分かって次の取材先に向かっている。
やたら押しが強かったり、厚かましいだけの記者たちは苦手でしたが、
知的で誠実で、丁寧にしかし切り込むときは切り込んでくる記者というのはさくらが最も好きなタイプで、
彼らとの知的ゲームのようなやりとりは、本当に楽しくて大好きでした。
記者との関係は、お互い持ちつ持たれつというか、
ある種の共犯関係のようなところもあったり、
取材する側、される側という立場の違いはあっても、
困ったときに助け合ったりしているうちに、友情も生まれたり。
仲良しだった記者たちが、一斉に地方に行ってしまったのと同じ時期に、
さくらも永田町を去りましたが、
いまも時々、折にふれ思います。
みんな頑張っているかな。そろそろ永田町に戻ってくるころかな。
これからもずっといい仕事を続けてほしいなあと、
離れてしまったいまでも、心から願っています
さて我らが美魂道のちえこ姐さんに弟子入りし、
張り切って始めた、この美魂的政治道
ちえこさんとの出会いは2009年
一時帰国されていたとき、共通の友人の紹介で、東京でお会いしたのでした
なんだかすごくパワフルな集いで、その当時深い迷いの途中にあった私の心を、
大きく優しく愛で包み込んでくれて。。。

以来、私さくらはちえこさんに惚れております

さて先日、ちえこさんの日テレの青山さん来訪の記事で、
「なんでも、やっぱり最後は人柄」
「やっぱり美魂が大切」
ということばにこめられた、
ちえこさんの提唱しておられる「美魂道」に、さくらは100%アグリーで、
「私たち、政治の分かるレディースでありましょう」
・・・という姐さんの呼びかけに、
「ではわたし、政治が分かるようになるお手伝いします!」
と言ったところから、このブログが始まったのでした
青山さんのような政治記者の皆さんは、
自民党本部や首相官邸、各省庁などの担当記者として、日夜取材に頑張っておられます
さくらにとって、記者の皆さんというのは
自民党の記事(ニュース)を書いてもらう方々
であるため、
できるだけ正確に書いてもらいたい
と願いながら、いつも対応していました
特に「珍獣の飼育係」(某記者)時代
珍獣=伊吹校長は気難しいうえ、礼儀にうるさいので、
各社とも志帥会(伊吹派→当時)担当には、
人としてきちんとした記者
を送りこんでいたため、頭も性格もいい人が多く、さくらはわりと対応が楽な面がありました
政治記者の仕事は、本当に大変です。
朝早くから夜遅くまで、担当の政治家に張り付いたり記者会見をフォローしたり、
そのなかでスクープを取ろうと頑張っている
さくらはそういう姿を見て、各社一律対応ではなく、
記者個人の熱意と人柄によって、対応をキッチリ分けていました。
ある日のこと。
日ごろから熱心で丁寧な取材姿勢を好ましいなと感じていた某紙記者がやってきて、
「今日、夜の会合がありますよね。どのホテルですか?」
と聞いてきました。
もちろんそんなこと教えたら校長に怒られるので
「ごめんなさい、場所は申し上げられないんですけど、会合があるのは確かです」
と答えました。
彼は「やっぱり、場所は教えてもらえないですよね。。。」
と控えめに食い下がりつつ、
さくらの困ったような表情を察してくれて、
「分かりました、また来ます!」
と言って、その記者は礼儀正しく帰っていきました。
そのあとすぐ、そんなにいつも取材に来ているわけじゃない記者がやってきて、
「今日の会合、ニューオータニですよね?」
といきなり聞いてきた。
ちょうど帰り支度を終えて部屋を出ようというときで、
不意を突かれたこともあり、さくらは一瞬答えに詰まり
「あ、ていうことは、そうなんですね??」
と畳み込まれたとき、
「あー、やられた。。。」
と思いつつ、
「お答えすることはできませんが・・・ 」
と、キッパリ否定することができませんでした
(→本当のことは教えられないけど、「違う」とウソを言うこともできない性格)
それを聞いて記者は満足気に、
「ありがとうございました!
」と、ニューオータニに向かって行った。その姿を見て、さくらの胸にモヤモヤが広がりました
その記者に知られてしまって校長に怒られる・・・
ということよりも、
ああ、さっき来てくれた記者に申し訳ないことしちゃった・・・
と。
いつも熱心に取材をしている人を差し置いて、たいして頑張ってもいない人が情報を得てしまった。
さくらはすぐに、名刺を探して連絡を入れました
「先ほどおたずねのあった件で、あのあと他社の記者がやってきて、
会合はニューオータニですか?と聞かれて、
思わず顔に出てしまい、場所を知られてしまいました。
先に来てくださったのにもかかわらず、他社に知られてお知らせしないのはフェアではないと思いますので、ご連絡いたします」
その記者は、「ありがとうございます!今から行きます!!」
と、取材に間に合ってホッとしましたし、
「昨日はありがとうございました。助かりました」
と翌日丁寧にあいさつに来てくれて、「きちんとした人だな」と感心して、
それ以来、仲良くなりました
もちろん、「絶対に記者に言ってはいけないこと」というのはあります。
だけどいつも頑張って取材をしている記者には、
できるだけ丁寧に説明をし、資料を差し上げ、
「いい記事を書いてもらいたい」と願って協力していました。
マスコミとなれ合いになってはいけませんが
一生懸命頑張っている記者の努力にはこたえてあげたいと思うのが人情
でありますし、
私が困って相談したときに、彼らが助けてくれることもありました
勘のいい記者なら、すべてを答えなくても、
ちょっとヒントになるようなことを言えばピンと来て、
どこへ何を聞けばいいか分かって次の取材先に向かっている。
やたら押しが強かったり、厚かましいだけの記者たちは苦手でしたが、
知的で誠実で、丁寧にしかし切り込むときは切り込んでくる記者というのはさくらが最も好きなタイプで、
彼らとの知的ゲームのようなやりとりは、本当に楽しくて大好きでした。
記者との関係は、お互い持ちつ持たれつというか、
ある種の共犯関係のようなところもあったり、
取材する側、される側という立場の違いはあっても、
困ったときに助け合ったりしているうちに、友情も生まれたり。
仲良しだった記者たちが、一斉に地方に行ってしまったのと同じ時期に、
さくらも永田町を去りましたが、
いまも時々、折にふれ思います。
みんな頑張っているかな。そろそろ永田町に戻ってくるころかな。
これからもずっといい仕事を続けてほしいなあと、
離れてしまったいまでも、心から願っています

