皆さま、お初にお目にかかります、さくらです。
このたび美魂道のちえこ姐さん
に弟子入りいたしまして、
ひよこ魔法使いとして、美魂道・政治編をはじめることにいたしました
よろしくお願いいたします
そのまえに、さくらがこれまで歩んできた道を少しご説明いたしますと。。。
アメリカ留学
生まれ育ったのは、阿波踊りの徳島県徳島市。大学進学のため上京。
青山学院大学英米文学科に入学したものの、英語は大好きなんだけど文学にはまったく興味がないことが発覚
政治に関心が強く、英語で政治を勉強したいと思いつめ、親を説得して大学卒業後、アメリカへ 
1997年にペンシルベニア州立大学に編入学して、国際政治を専攻しました。
念願かなったアメリカ留学。自由の国アメリカは、小さい頃から私の憧れの国でした
そのアメリカで過ごした2年半。
勉強は厳しかったけど、多くを学び吸収し、日米というふたつの国のあいだで、複眼でものを見る目を養いました
このときの経験は、のちにさまざまな形で人生を豊かに深めてくれることにつながる、素晴らしい日々でした
帰国、そして政治の道へ
「卒業後は、政治の仕事に就きたい」と漠然と考えていました。
90年代後半、日本は不況も不況で、一方でアメリカは好景気
政治の仕事も、アメリカの方が圧倒的にチャンスはありそうでした。
だけど私はアメリカ国民じゃない。
政治に関わるなら、やはり自分の生まれた国・日本がいい。
そう思って、夏休みを利用して、日本の議員事務所でインターンをさせてもらいました
実家の選挙区は違うけど、父の紹介と同じ大学卒業のご縁で、山口俊一衆院議員(徳島2区選出)の事務所で。
山口議員は自民党所属なので、自民党本部にお使いで行ったり、「空いた時間は勉強してきていいよ」と、会議をのぞかせてもらったりしていました。
帰国の日も近づいたある日。秘書さんが、ファックスを見せてくれました。
「党本部で職員を募集するらしいよ。受けてみたら?」
だめならアメリカに戻って仕事探せばいいやと思い、だめもとで受けることに
運良く最終面接に残れて、最後の学期があるのでまたアメリカへ
このとき私は、人生で初めて神様に運命を委ねてお祈りしたことを覚えています
「神様、もし自民党に受かったら、私は日本に戻るのが運命だと思ってその仕事を受けて日本に帰ります。
もしだめなら、アメリカに残るのが運命だと思って、アメリカで仕事を探します。
しばらくして、「自民党から受かったと連絡があったよ」と母から電話がありました。
自由の国アメリカでのびのびしている娘は、おそらくもう日本には帰ってこないだろうと思っていた母は、私が
・・・と即答したことにかなり驚いていました

だけど私は、これが私のお祈りへの神様の答えだと思っていたので、迷いはありませんでした

最後の学期でなんとか単位を取り切り、12月に卒業。
ちょうどミレニアムな2000年はじめに日本に戻り、仕事のためまた東京へ戻ることになりました

このとき私は、永田町がなぜ“魑魅魍魎”の世界だと言われているのか、マッタク理解していませんでした。。。

... to be continued!!

