
散歩していたら車道の端にカラスが死んでいた。
見た感じこれ以上、車に轢かれる事はなさそうだからそのまま素通りしようかと思ったけど、やっぱり気になっていったん立ち止まって考える。
鞄にビニール袋が入っていたら、そのカラスをビニール袋を手袋の代わりにしてつかもうと思ったら、袋があった。
散歩している際、ゴミが気になった時に拾えるようにってビニール袋を入れるようにしていたから。
意を決して、カラスをつかんで、近くの歩道から外れ、人が入らないような草むらにカラスを置いて、手を合わせて私はその場を去った。
数ヶ月前にも同じ道で、マングースが轢かれて死んでいた。
その時は車道にいたから、このまま放っておくとさらに轢かれてしまうなって。
これ以上、轢かれるのはかわいそうな気がして、急いで、車がこないのを見計らってマングースを拾って、近くの草むらへ置いて私は去った。
マングースを掴んだ時はまだ温もりがあって、ちょっと前まで生きていたんだよなって思うと何だか泣けてきた。
今回のカラスは時間が経っていたのか、温かくはなかったからか、そんなに感情移入はしなかった。
今年に入ってカラスが死んでいるのを3回見た。
今回以外は自然の中で死んでいたから、私は何も触らずそこを去った。
必要以上には触らないようにしている。
今年に入ってから、別の所で鳩が道で轢かれて死んでいた。
その時はビニールも持っていなかったから触らなかった。
さすがに素手で触るのはまだ出来ない。
きっと、誰かが片付けてくれるだろうと思っていたら、何日経っても誰も片付けず、さらに轢かれて潰れて拾う事すら出来ない状態になっていた。
私が拾っていたらこうはならなかったのかなって、心のどこかで引っかかっていた。
時期はどちらが先だったかは、曖昧だけど、夜に妹と歩いていた時に数メートル先で猫が車に轢かれる瞬間を見た。
それが凄く衝撃的だった。
轢いた車は気付かなかったのか、そのまま走り去った。
猫は骨折していたはずたけど、下半身が動かない状態で必死に前足だけで、這いずって歩道の花壇に行き、断末魔をあげて動かなくなった。
一瞬の出来事でどうしていいか分からなくて、私がおろおろしていたら、違う道から帰ろうって妹が促してくれたから帰れた。
でも、やっぱり気になって私が戻ろうかなって言ったら、もう死んでいるからどうする事も出来ないよって言われた。
私もそれは分かっていたけど、死の間際に見せた猫の姿を見たからいたたまれない気持ちになった。
それからずっと、その猫の事が頭から離れなかった。
あの時、私は何も出来なかったけど、本当に私に出来る事はなかったのかな?とか、色々考えてどうしたらいいのか分からなかった。
友人にその事を話したら、それでよかったんだと思うよって。
私なら必要であれば体が勝手に動いているでしょって言われて、腑に落ちた。
その猫が轢かれた同じ道で、私が学生の頃、登校していた時に子猫が轢かれているのを見つけてしまった。
もう、だめかもなってその横を通り過ぎた時にまだ動いていたのを見てしまった。
その間、みんな普通に子猫の上を車でどんどん通り過ぎいく。
助けても私にはどうする事も出来ないって思って、無視して歩いていたけど、やっぱり気になるって戻って、猫を拾って歩道の花壇の方へ置いて学校に行った事があったから。
その時は勝手に体が動いていた。
鳩や妹と一緒に見た猫の事があって、後々、後悔するぐらいなら出来る事はやろうと思って今に至る感じ。
そう言えば、小学生の頃、道で見つけた鳥の死骸を拾って家の庭に埋めた事がある。
他にも色んな生き物の死骸を埋めた記憶がある。
なぜ、それをしていたのかは自分でも分からなかったけど、子どもながらに無意識に命と向き合っていたのかもしれないな。
今回のカラスの事があってまた死について考えた。
私はこれから何人か大切な人の最期を見届ける事になる。
それが私の願いでもあるから。
大切な人達が安心して穏やかに旅立てるよう側で見守り、見届けたいから。
人だけじゃなくて、こうやって出会った生き物達の死を見届けたり、見送る事になるんだろうなって思った。
私が動揺していたら、安心して旅立てないもんね。
姉が病気で亡くなった時は、あまりにも突然すぎて気持ちが追いつかず、ずっと泣いていたな。
こうやって、人や色々な生き物達を死と関わりながら、少しずつ死と向き合う覚悟をしていっているんだろうなって思う。