あの時はたくさんの励ましや助けの手、本当にありがとうございました。
”もうあれほどの大きな地震が同じ地に来ることはないだろう、来ないでほしい”と願いながら生活していますが、一年前にもそう思った直後に本震がありましたし、新たな断層が見つかっていることもあって、今でも余震があると震度2や3くらいであっても身構えて恐ろしく感じてしまいます。
場所によってはまだ断水していたり、手つかずの空き家や今にも崩れそうな建物も多く、地区でもブルーシートをかけたまま修理を待たれているおうちがありますし、息子の以前のクラスメイトも何人かはみなし住宅から通っているそうです。
我が家はありがたいことに早く修理の順番が回ってきて屋根の修理が終わっていますが(子供部屋はビー玉や鉛筆が転がる程度には傾いたままなのですが…)、ただでさえ過疎地域なのに、1月に子供会で地区の全世帯をまわる行事に参加したら昨年よりもはるかに住んでいる人や家が少なくなっていました。
本震当日はなりふり構わず外に出るしかなかったので上着しか持って出られませんでしたし、あれ以来、家ではなく車にとりあえずの救急箱やガスコンロ(ボンベは外の小屋に)、使えるけれど今は使っていない古い下着や上着、ビニールやティッシュ、紙皿や割りばしなどの消耗品を万が一の避難用に積んでいます。
先ほども見直して、外にある小屋にも一部避難用の道具を再配備しました。
この1年、慌ただしく過ぎたので早く感じるような、遅かったような…
そういえば地震後、身の危険を感じたのか次々と仕事場の植物が花咲かせ、珍しくコーヒーの木にまで花が咲いていたのでもう弱っているのかもしれないと書いたことがあったのですが、あれから実になり順調に育って熟しまして、ちょうど地震から1年となる今週、何粒か収穫することができました。
花がきれいに咲いた昨年6月の写真がこちら。

実になっているのに気づいたのは8月。

少し間はあくのですが、今年の初めごろから赤くなりはじめ、2月末には次の写真くらいに。
場所によっては全然日が当たらないのに早くから赤くなったものもあれば、日を浴びていても4月まで緑色だったものもありました。

3月末には黒っぽいほど濃い赤に。
この時緑色に写っている実は、今これくらいの赤さになっているのでもう少し様子を見ます。

それで収穫できたのがこちら。
1粒の中に実は2つ、いつも仕事で見ている生豆と比べても結構な大きさです。
ほとんど皮と豆だけで、果肉は薄くゼリー状になって豆の周りについているのですが(一応これでも取り除いていない状態です)、甘かったですよ。

焙煎して飲めるほどの量ではないので鉢に植えました。
観葉植物として芽を出してくれることを期待しています。