うなずきながら読んだ2つの記事を
こちらで、シェアします。
松原靖樹さんの馬車馬として活躍中のまなちゃんのこの記事と、
【家事と育児と仕事の両立】子供たちの預け先。寂しがらない?と聞かれるけれど
そして、稲垣佳美さんのこちら。
子供が可哀想ねぇ
もうねー、首をぶんぶんと縦に激しくふりながら、
読みましたよ。
で、スカッとした!
誰しも、自分の基準があって、
それに意識的にせよ、
無意識にせよ、
それを元にして、行動したり、
発言したりするのだけれど、
その基準を、正しいものと証明するために、
他の人に押し付けるのはどうなんだろ?
と、本当に思います。
私も産後、働き出してから、
保育園に子ども預けていて、
「保育園の子は○○だからね~」ということや、
(○○はご想像におまかせします。)
身近な人からも、
「小さいうちから、預けられてかわいそう」
ということを、
言われたことありますが、
(あ、3歳児神話について語ってくれた方もいました。。)
それは息子の様子と、
実際に通っている保育園の環境と、
そこで過ごしている彼と、
そして私が息子にどう接しているのか、
全てを見たうえで言っている人は一人もいなく、
なんだかなぁ。といつも感じていたのです。
いつも一緒にいることだけが、親のやるべきことではなく、
(もちろん、親としてやるべきことは、きちんとやる責任はあります。)
子どもが子どもらしく安心して遊べて、
その子がその子らしくいられる、
それを理解して、きちんと見守る人がいる。
それが親だけでは難しい時、
それをしてくれる人・場所に委ねて、
子育てしていくこと。
子どもと一緒にいても、ずっと友達とおしゃべりするか、
(で、主に旦那さんの愚痴大会とか。)
スマホを見て、子どもを放置しているのと、
どちらがいいのでしょうか?
(比較が大げさなのは、おいといて。)
子育てに関して、指針みたいにしている言葉があるのですが、
数年前、日本ハグ協会のマザーさと子さんから聞いた言葉、
「子育ては、自分の母としての在り方を見せ続ける旅」
が、ふいに頭の中に何度もよみがえることが
何度もあります。
これ、時々「母としての」が「人としての」に
変換されながら、響いてくるのですが、
母としてはもちろん、
人として、息子だけでなく、
子ども達に、恥ずかしくない人でありたいなと、
こういう大人がいるから、
早く大人になりたいと思われるような
大人でありたいと、
お二人の記事を読んで、再確認でした。