最終話(後編)
「私はもう、我慢するために家族を続けません」
義父の手を握っていたのは、義姉だった。
「お父さん、ゆっくりでいいから。」
「慌てなくて大丈夫。」
その姿を見て、私は少しだけ驚いた。
以前なら、自分から介助しようとすることはなかったからだ。
義父は義姉の腕につかまり、ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとう……。」
その一言に、義姉は目を伏せた。
夕方になり、義父が休んだあと、私は義母と義姉に向き直った。
「今日は、私から話があります。」
二人は黙って私を見つめた。
「私は、お義父さんの介護をやめると言いに来たわけではありません。」
「でも、一人で背負うことは、今日で終わりにします。」
部屋が静まり返る。
「これからは、できることを皆で分担してください。」
「無理な日は無理と言います。」
「休みたい日は休みます。」
「それで困るなら、介護サービスも利用しましょう。」
「誰か一人の善意だけで続く介護は、長続きしません。」
義母は静かに涙をぬぐった。
「由美さん……。」
「私は甘えていたのね。」
「あなたなら文句を言わないって、勝手に思い込んでいた。」
「本当に、ごめんなさい。」
私はゆっくりとうなずいた。
「謝っていただけたこと、それだけで十分です。」
「これからどうするかの方が、大切だと思っています。」
義姉も立ち上がった。
「私も逃げてた。」
「介護が怖くて、全部あなたに押しつけた。」
「録音を聞いたとき、自分がどれだけひどいことを言っていたか初めて分かった。」
「ごめんなさい。」
その言葉に、すぐ「大丈夫」と返すことはできなかった。
許すことと、忘れることは違う。
でも、人は変わろうとすることができる。
私はそう信じてみようと思った。
一か月後。
義実家の冷蔵庫には、一枚の当番表が貼られていた。
月曜日はデイサービス。
火曜日は義母。
水曜日は訪問介護。
木曜日は私。
金曜日は義姉。
土日は夫と義姉の家族が交代で担当する。
完璧ではない。
予定が変わることもある。
それでも、「一人だけが当然」という空気はなくなっていた。
ある日の帰り際、義父が私を呼び止めた。
「由美さん。」
以前よりもはっきりした声だった。
「家族を……助けてくれて……ありがとう。」
私は笑って首を振った。
「助けたんじゃありません。」
「みんなで支えられる家族になっただけです。」
帰宅すると、夫が夕食を作って待っていた。
「今日は俺が担当。」
「由美は座って。」
その何気ない一言に、思わず笑みがこぼれた。
私はようやく気づいた。
我慢することが優しさではない。
助けを求めることは、弱さでもない。
自分を大切にすることも、家族を大切にすることにつながるのだと。
あの日、偶然残ってしまった録音。
あれは誰かを傷つけるための証拠ではなかった。
「本当の気持ち」に気づくためのきっかけだったのかもしれない。
管理人より
介護は、誰か一人が「我慢」して成り立つものではありません。
家族だからこそ、遠慮せずに話し合い、助けを求めることが大切です。
もし今、同じような悩みを抱えている方がいたら、「私さえ我慢すれば」と思い詰めないでください。
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