第2話(後編)
笑顔の裏で、義姉はすべてを押しつけていた

義姉が帰ったあと、私は流し台の前で洗い物をしていた。

シンクに響く水の音だけが、静かな家の中に流れている。

「来月の通院、お願いね。」

義姉の何気ない一言が、頭から離れなかった。

お願い、ではない。

最初から私が行くことを前提に話していた。


夕方、ケアマネジャーが来宅した。

今後の介護サービスについて相談するためだった。

「デイサービスの日数を増やすこともできますよ。」

「ご家族の負担も軽くなります。」

私は思わず顔を上げた。

「ぜひ検討したいです。」

そう言いかけた瞬間、義母が穏やかに口を開いた。

「まだ大丈夫です。」

「この子が本当によくやってくれるので。」

ケアマネジャーは私を見た。

「ご本人は、どうお考えですか?」

私は返事に詰まった。

ここで「限界です」と言えば、義母を責めるような気がした。

結局、小さく笑って答える。

「もう少し頑張ってみます。」

その言葉を口にした瞬間、自分で自分の逃げ道を塞いでしまった気がした。


数日後。

義父の定期受診の日だった。

病院は混み合い、診察が終わった頃には午後三時を過ぎていた。

会計を済ませ、薬局へ向かい、義実家へ戻る。

時計を見ると、もう夕方だった。

私は急いで夕食の支度を始める。

そのとき、玄関のドアが開いた。

義姉だった。

「ただいまー。」

まるで自分の家へ帰ってきたような口ぶりだった。

手には有名店のケーキの箱。

「今日は友達とランチだったの。」

「人気のお店でね、すごくおいしかった。」

私は包丁を持つ手を止めなかった。

義姉はリビングへ入り、ソファに座る。

義母は嬉しそうにケーキを受け取った。

「真理子は本当に気が利くわ。」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。

今日一日、病院を付き添ったことには誰も触れない。

それでも私は黙って味噌汁をよそった。


夕食のあとだった。

義父が薬を飲み終え、自室へ戻る。

私は食器を下げるため台所へ立った。

そのとき、リビングから義姉の声が聞こえてきた。

「ところで、お父さんの預金ってどれくらい残ってるの?」

思わず手が止まる。

義母は少し声を潜めた。

「まだ大丈夫よ。」

「家のこともあるし、ちゃんと考えてるから。」

義姉は笑いながら続けた。

「介護は任せてるんだから、その辺はあとでちゃんとしないとね。」

私は息をのんだ。

介護を任せている。

その言葉に、感謝の気持ちは感じられなかった。

まるで誰かに仕事を押しつけ、その見返りだけを計算しているようだった。


帰宅した夜。

私はスマートフォンを開き、新しいフォルダを作った。

フォルダ名は短く入力した。

「記録」

第1話で録音された音声。

今日の出来事をまとめたメモ。

病院の領収書。

介護用品を購入したレシート。

すべて保存した。

「こんなこと、したくなかった。」

誰かを疑うためではない。

自分を守るためだった。

そのとき、夫の直樹から一本の電話が入る。

「ごめん。」

「来週の日曜日なんだけど、急な出張が入った。」

私はカレンダーを見た。

その日は義父の介護認定更新の日。

親族全員が集まる予定になっていた。

胸の奥で、嫌な予感が広がる。

その予感は、翌週、現実になる。

親族が集まったその席で、義姉は私を見ながら笑顔でこう言い放つのだった。

「介護なんて、大したことしてないじゃない。」

――第3話へ続く。