第1話(前半)
義姉「介護は嫁の仕事でしょ?」――その一言を録音していました。
「救急搬送されました。すぐ病院へ来てください。」
午後二時四十分。仕事中だった私のスマートフォンに表示されたのは、義母からの着信だった。普段は用事があってもLINEだけの義母が、珍しく何度も電話をかけてきていた。
胸騒ぎがした。
電話に出ると、義母は泣きながら言った。
「お父さんが倒れたの……。」
その一言で、頭の中が真っ白になった。
病院へ着くと、夫の直樹が廊下で待っていた。
「脳梗塞らしい。」
それだけ言うと、夫はうつむいた。
診察室から出てきた医師は、落ち着いた口調で説明した。
「命に別状はありません。ただ、右半身に麻痺が残る可能性があります。」
「退院後は、ご家族の介助が必要になるでしょう。」
義母はその場で泣き崩れた。
私は思わず肩を支えた。
「お義母さん、大丈夫です。一緒に考えましょう。」
その時は、本気でそう思っていた。
家族なんだから、みんなで支え合うものだと信じていた。
二週間後。
義父は命を取り留め、リハビリ病棟へ移った。
そこで開かれた家族面談。
担当の理学療法士は資料を見ながら話した。
「ご自宅へ戻ることは可能です。ただし、入浴、食事、移動には介助が必要です。」
「介護保険サービスも利用できますが、ご家族の協力が欠かせません。」
その場には、義母、夫、私、そして義姉の真理子さんがいた。
真理子さんはブランド物のバッグを膝に置き、何度もスマートフォンを見ていた。
「大変そうね。」
そう言っただけだった。
夫が切り出す。
「みんなで分担しよう。」
「俺もできるだけ会社を調整する。」
真理子さんは困ったように笑った。
「うちは主人も帰りが遅いし、孫の面倒もあるの。」
「毎日はちょっと無理かな。」
義母はすぐに言った。
「そうよね。遠いし、仕方ないわよ。」
私は少し違和感を覚えた。
真理子さんの家は車で三十分。私たちより近い。
けれど、その場では何も言えなかった。
退院の日が近づくにつれ、準備はすべて私に集まってきた。
介護ベッドの手配。
手すりの設置。
ケアマネジャーとの打ち合わせ。
役所への申請。
仕事を早退して動くのも、平日に対応するのも私だった。
夫は申し訳なさそうに言う。
「ごめん。本当は俺がやりたいんだけど。」
営業職の夫は長期の休みが取れなかった。
私は笑って答えた。
「大丈夫。」
「困った時は、お互いさまだよ。」
そう言いながらも、心のどこかで「このままで本当に大丈夫かな」という不安が少しずつ大きくなっていた。
退院初日。
義父は慣れない車椅子で帰宅した。
義母は涙ぐみながら迎え入れた。
その日は穏やかに終わると思っていた。
夕方までは。
夕食を終えた頃、義母が言った。
「これから毎日の流れを決めましょう。」
そこへ、真理子さんもやって来た。
テーブルには紙とペンが置かれ、「介護当番表」と書かれている。
私は少し安心した。
これで役割分担が決まるんだ。
そう思った、その瞬間だった。
――後半へ続く。