第4話(後編)
「その遺言を聞いた瞬間、義母の顔色が変わった」
一週間後。
法律事務所の会議室には、重苦しい空気が流れていた。
私の向かいには義母と義姉。
義父は体調を考慮し、欠席となった。
義母は落ち着かない様子で何度も時計を見ている。
「こんな大げさなことをしなくてもいいのに。」
小さくつぶやく声が聞こえた。
私は何も答えなかった。
やがて弁護士が入室し、一礼した。
「本日は、お集まりいただきありがとうございます。」
「これより、故・健一様がお残しになった書類についてご説明いたします。」
義母は腕を組みながら言った。
「うちは特に揉めることなんてありませんから。」
「家族で話せば済む話です。」
弁護士は穏やかにうなずいた。
「そうであれば何よりです。」
そして、一冊の書類を静かに開いた。
「まず、ご本人からの付言事項を読み上げます。」
部屋が静まり返る。
弁護士の声だけが響いた。
『母さんへ。』
『もしこの手紙を読んでいるなら、私はもういません。』
義母は少しうつむいた。
『妻は優しい人です。』
『だから、頼めば無理をしてでも引き受けます。』
『お願いです。』
『その優しさに甘えないでください。』
義母の肩がぴくりと動いた。
『私が一番守りたいのは、妻です。』
『介護も、生活も、妻一人に背負わせないでください。』
その場に沈黙が落ちた。
私は思わず目を閉じた。
夫の声が聞こえたような気がした。
弁護士は続けて遺言の内容を読み上げた。
夫名義だった預貯金。
投資口座。
生命保険の受取人。
そして、自宅購入のために夫が積み立てていた資金。
その多くについて、夫は私への思いを書き添えていた。
「法律上の手続きが必要な部分はありますが、ご本人の意思は非常に明確です。」
義姉は驚いた表情で書類を見つめていた。
一方、義母は口を真一文字に結んだまま動かない。
読み上げが終わると、義母が低い声で言った。
「そんなはずありません。」
「健一は昔から親思いの子でした。」
「こんなことを書くはずがない。」
弁護士は感情を交えずに答えた。
「こちらは、ご本人が自ら作成の意思を示し、正式な手続きを経て保管されていた書類です。」
「内容についても、ご本人と何度も確認しております。」
義母は私を見た。
その目には怒りと戸惑いが入り混じっていた。
「あなたが何か言ったんじゃないの?」
私は首を横に振ることしかできなかった。
夫が私に遺言のことを話していなかったのは事実だったからだ。
義姉が静かに口を開いた。
「お母さん……。」
「お兄ちゃん、本当に心配してたんじゃない?」
その一言で、義母は何も言えなくなった。
会議室に長い沈黙が流れる。
弁護士は最後に私へ向き直った。
「今後の手続きにつきましては、私どもで全面的にお手伝いいたします。」
「一人で抱え込む必要はありません。」
その言葉を聞いた瞬間、張りつめていた糸が切れたように涙があふれた。
夫が亡くなってから初めて、「守られている」と感じた瞬間だった。
しかし、それで終わりではなかった。
数日後。
義母から一本の電話が入る。
開口一番、こう言われた。
「あの遺言は認めない。」
「裁判をするから覚悟して。」
受話器を持つ手が震えた。
本当の戦いは、ここから始まるのだと悟った。
――最終話へ続く。
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