第2話(前編)
私は嫁ではなく、無料の介護士だった。

「これからは、あなたの給料は私が管理するから。」

義母の言葉は、何度も頭の中で繰り返された。

私は思わず聞き返した。

「どういう意味ですか?」

義母は不思議そうな顔をした。

「どういう意味って、そのままよ。」

「同じ家で暮らすんだから、お金をまとめて管理した方がいいでしょう?」

私は必死に笑顔を作った。

「生活費なら、今まで通りお渡しします。」

「でも、お給料全部を預けるのは……。」

すると義母の表情が一変した。

「信用してないの?」

静かな声だった。

けれど、その一言には責めるような圧があった。

「そういう意味じゃありません。」

「じゃあ何?」

「家族なのに。」

私は何も言えなかった。

結局、その日は話を曖昧にして自分の部屋へ戻った。


翌朝。

午前四時五十分。

コンコン、と部屋のドアが叩かれた。

「起きて。」

義母だった。

「お父さんが起きちゃったから。」

時計を見て、ため息が出た。

まだ外は真っ暗だった。

義父は台所で立ったまま、不安そうに周囲を見回していた。

「会社に行かなきゃ……。」

三十年以上前に退職した会社の名前を口にしている。

「お義父さん、大丈夫ですよ。」

「今日はお休みです。」

私が肩に手を置くと、義父は安心したように椅子へ座った。

その様子を見ていた義母は、小さくため息をついた。

「最近、毎日なのよ。」

疲れているのは本当なのだろう。

私は義母にも同情していた。


しかし、その日を境に介護はすべて私の役目になった。

朝食を食べさせる。

薬を飲ませる。

トイレを確認する。

着替えを手伝う。

デイサービスの準備をする。

仕事へ向かう頃には、もう一日分働いたような疲労感だった。

夜は夜で義父が何度も起きる。

「ここはどこだ?」

「家に帰らないと。」

そんな言葉を繰り返すたび、私は飛び起きた。

義母は部屋から出てこない。

「年を取ると夜は弱いの。」

そう言われれば、それ以上は何も言えなかった。


ある日、会社で同僚に言われた。

「最近、顔色悪いけど大丈夫?」

私は笑ってごまかした。

「ちょっと寝不足で。」

本当のことを話したら、涙が出そうだったから。

帰宅すると、義母が玄関で待っていた。

「遅いわ。」

「今日は会議があって……。」

「お父さん、一人で寂しがってたのよ。」

その一言だけで、私が悪者になった気がした。

仕事を辞めれば楽になるのだろうか。

そんな考えが、初めて頭をよぎった。

でも、それは夫との思い出まで手放すようで怖かった。

夫と築いた生活。

自分で働き、自分で生きること。

それだけは失いたくなかった。

けれど、この家では私の気持ちを聞いてくれる人は誰もいなかった。

――後編へ続く。

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