1話
第3話 「もう一人では無理です」――初めて助けを求めた日、家族の本音が明らかになりました
「もう、一人では無理です。」
私は震える手で、地域包括支援センターの電話番号を押しました。
受話器の向こうから聞こえてきた優しい声に、張りつめていた糸が切れたように涙があふれました。
「大丈夫ですよ。」
「まずは、お話を聞かせてください。」
その一言だけで、私は何週間ぶりかに「一人じゃない」と思えたのです。
初めて話した本音
数日後、自宅で担当のケアマネジャーと地域包括支援センターの職員さんが話を聞いてくれました。
私は、今まで誰にも言えなかったことを全部話しました。
夜中の呼び出し。
義父母の通院。
食事の準備。
洗濯。
買い物。
薬の管理。
パートを減らしたこと。
倒れて救急搬送されたこと。
話し終えた頃には、自分でも驚くほど泣いていました。
ケアマネジャーは静かに言いました。
「ここまで一人で抱えてこられたんですね。」
「でも、介護は一人で続けるものではありません。」
「ご家族全員で考える必要があります。」
私はその言葉に救われました。
「嫁だから」は理由にならない
後日、ケアマネジャーの提案で家族会議が開かれました。
夫。
義兄。
義妹二人。
そして私。
ケアマネジャーは穏やかな口調で言いました。
「現在の介護は、一人に負担が集中しています。」
「このままでは介護する方が先に倒れてしまいます。」
義兄は少し不機嫌そうに腕を組みました。
「でも、嫁が一番近くに住んでるし……。」
その瞬間、ケアマネジャーが静かに答えました。
「『嫁だから』という理由で介護を一人に任せることはできません。」
部屋が静まり返りました。
私は初めて、自分の味方がいると感じました。
夫の沈黙
職員さんは夫にも尋ねました。
「ご主人は、どのくらい介護をされていますか?」
夫は言葉に詰まりました。
「仕事があるので……。」
「休日は?」
「……たまに。」
「夜間対応は?」
夫は首を横に振りました。
その姿を見て、私は責めたい気持ちよりも悲しさが込み上げました。
この人は、私が毎日何をしているのか、本当に知らなかったのです。
義妹の涙
すると、それまで黙っていた義妹が突然泣き始めました。
「ごめんなさい……。」
「正直、認知症のお母さんを見るのが怖かった。」
「だから逃げてた。」
部屋の空気が変わりました。
義兄もぽつりと言いました。
「俺も、何をしたらいいか分からなかった。」
誰も介護の方法を知らなかった。
だから、一番動いている私に任せ続けてしまった。
それが、この家族の現実でした。
私が初めて言った言葉
私は深呼吸をして、ゆっくり話し始めました。
「私は、お義父さんもお義母さんも嫌いじゃありません。」
「できることなら支えたいと思っています。」
「でも、一人では無理なんです。」
「私にも生活があります。」
「私にも体があります。」
「もし私が倒れたら、誰が介護するんですか?」
誰も答えませんでした。
私は続けました。
「今日から、私は一人では介護をしません。」
「皆さんが協力してくださらないなら、私は介護から離れます。」
初めて口にした「NO」でした。
不思議なくらい、心が軽くなりました。
義父の一言
家族会議のあと。
義父が私を呼び止めました。
認知症が進んでいても、その日は珍しく意識がはっきりしていました。
「今まで、ありがとう。」
その一言に、私は涙が止まりませんでした。
義父は続けました。
「お前さんが全部やることじゃない。」
「あいつらにも、親なんだから責任がある。」
私は何度もうなずきました。
義父のその言葉は、長い間抱えてきた罪悪感を少しだけ軽くしてくれました。
それでも終わらなかった問題
家族会議は終わりました。
でも、それだけで現実は変わりません。
介護サービスの利用。
費用の負担。
誰が何曜日に来るのか。
決めなければならないことは山ほどあります。
そして数日後。
義兄が突然、信じられない一言を口にしたのです。
「そんなに大変なら、施設に入れればいいだろ。」
その言葉を聞いた義母は、小さく肩を震わせました。
私は胸が締め付けられました。
介護は誰か一人が我慢すればいい問題ではない。
でも、「施設」という言葉もまた、簡単に口にしていいものではありませんでした。
(第4話へ続く)
■管理人より
介護は「頑張る人」がいるほど、その人に負担が集中しやすくなります。一人で抱え込まず、家族や専門職と一緒に考えることが、結果的に介護を受ける方のためにもなります。
「助けて」と言うことは、決して逃げではありません。
■読者さまの体験談を募集しています
・介護で「もう無理」と感じた瞬間
・兄弟姉妹との介護分担で悩んだ経験
・地域包括支援センターやケアマネジャーに相談して良かったこと
・介護を家族で乗り越えた体験
ぜひコメント欄で皆さまの体験やご意見をお聞かせください。同じ悩みを抱える方への大きな励みになるはずです。
▼第4話はこちら
【「施設に入れればいい」――その一言で家族が崩れた日】
