【父が死んだ日】第9話
兄の一言で家族は終わった
相続調停が始まって半年。
私たち家族は疲れ切っていました。
母はさらに痩せました。
妹も精神的に追い詰められていました。
私自身も、毎日この問題のことを考えない日はありませんでした。
父を失った悲しみよりも。
家族が壊れていく苦しみの方が大きくなっていたのです。
そして。
その日は突然やってきました。
調停委員から連絡がありました。
双方の主張がほぼ出揃い。
最終的な調整段階に入るというのです。
長かった争いも終わる。
そう思っていました。
少なくとも私は。
ところが。
最後の話し合いの席で。
兄は私たちの想像を超える言葉を口にしたのです。
調停委員が提案内容を説明していました。
生前贈与を考慮した配分。
土地問題の整理。
預金の分割。
現実的な着地点でした。
母も納得していました。
妹も頷いていました。
私も同じでした。
すると兄が突然言ったのです。
「そもそも母さんが余計なことをしたからこうなったんだ」
私は耳を疑いました。
調停室の空気が凍り付きました。
母も固まっています。
兄は止まりませんでした。
「父さんのお金のことに口を出さなければ良かった」
「騒ぎを大きくしたのは母さんだろ」
私は頭が真っ白になりました。
何を言っているのか理解できませんでした。
母が騒ぎを大きくした?
違います。
母は何度も話し合いを望んでいました。
争いを止めようとしていました。
それなのに。
責任を押し付けるのですか。
妹が泣き出しました。
母も唇を震わせています。
私は初めて兄に対して怒りを覚えました。
これまで何とか理解しようとしてきました。
兄にも事情がある。
長男としてのプレッシャーもあったのかもしれない。
そう思ってきました。
しかし。
今の言葉だけは許せませんでした。
母を傷付けたからです。
夫を失った母を。
自分の母親を。
さらに追い詰めたからです。
私は兄に言いました。
「それは違う」
兄は私を睨みました。
しかし私は続けました。
「母さんは何も悪くない」
「悪いのは隠し事をしていた人だよ」
兄の顔が赤くなりました。
その時でした。
母が立ち上がったのです。
みんな驚きました。
調停委員も止めようとしました。
でも母は静かに言いました。
「もういい」
部屋が静まり返りました。
母は涙を流していました。
でも声は不思議なほど落ち着いていました。
「私はもう争いたくない」
「お父さんも望んでいない」
「でも今日で分かった」
そこで言葉を切りました。
そして兄を見ました。
「私はあなたを育てたつもりだった」
「でも、もう何も言わない」
兄は黙っていました。
何も言い返しませんでした。
母はそのまま席に座りました。
私はその姿を見ていました。
あの日。
母の中で何かが終わったのだと思います。
母親として。
長男を信じる気持ちが。
静かに壊れた瞬間でした。
調停はその後まとまりました。
全員が妥協しました。
法的には解決です。
しかし。
家族の問題は何一つ解決していませんでした。
帰宅後。
妹から電話がありました。
開口一番こう言いました。
「私、もうお兄ちゃんとは会わない」
私も同じ気持ちでした。
そして。
数日後。
母からも一通の手紙が届きます。
そこには。
私たちが予想もしなかった決意が書かれていました。
その手紙によって。
兄弟の関係は完全に終わりを迎えることになります。
(最終話へ続く)
■管理人より
相続争いで本当に怖いのは、お金ではなく言葉です。
一度口にした言葉は取り消せません。
何年も積み上げた家族関係が、一言で崩れてしまうこともあります。
感情的になった時こそ、自分の言葉を見つめ直したいものです。
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