【父が死んだ日】第5話
兄が弁護士を連れてきた
「今後は弁護士を通してくれ」
兄がそう言い残して帰った日のことを、私は今でも鮮明に覚えています。
父の遺影の前。
母は泣き崩れていました。
妹も呆然としていました。
そして私は。
信じられませんでした。
父が亡くなってまだ一か月。
四十九日すら終わっていません。
それなのに兄は。
家族との話し合いを放棄し、弁護士を立てると言ったのです。
母は何度も同じことを繰り返していました。
「どうしてこうなったの……」
誰も答えられませんでした。
その答えを知っているのは。
おそらく兄自身だけだったのです。
それから二週間後。
一本の封書が届きました。
差出人は法律事務所。
兄が依頼した弁護士でした。
私は封筒を見た瞬間、嫌な予感がしました。
そして中身を読んで言葉を失いました。
そこには。
「相続財産の適正な分配を求める」
そう書かれていたのです。
まるで私たちが不正をしているかのような内容でした。
母は震える手で書類を読んでいました。
やがて静かに言いました。
「私は何も隠してないのに……」
その言葉が胸に刺さりました。
母は夫を失ったばかりです。
なのに今度は息子と争うことになった。
どれほど辛かったでしょう。
数日後。
私たちも専門家へ相談することになりました。
初めて弁護士事務所を訪れた時。
私は緊張で手が震えていました。
人生で弁護士に相談する日が来るなんて思ってもいませんでした。
担当の弁護士は一通り資料を確認すると言いました。
「問題は二つですね」
「生前贈与と使途不明金です」
やはりそこでした。
兄への住宅購入資金。
そして父の口座から消えた五百万円。
弁護士は続けました。
「説明責任が生じる可能性があります」
私は少しだけ安心しました。
少なくとも私たちの疑問は間違っていなかったのです。
ところが。
兄側も黙ってはいませんでした。
次の話し合いの席で。
兄は突然こう言い出したのです。
「介護の話をしよう」
私は嫌な予感がしました。
兄は資料を取り出しました。
そして言ったのです。
「父さんの通院に付き添った」
「病院への送迎もした」
「相談にも乗っていた」
確かに事実でした。
全く何もしなかったわけではありません。
しかし。
問題は頻度でした。
私たち夫婦は何百回も実家へ通いました。
休日も。
年末年始も。
台風の日も。
母を支え続けてきました。
兄の数回の送迎とは重みが違います。
それでも兄は主張しました。
「俺だって貢献した」
「だから不公平だ」
妹が我慢できずに言いました。
「じゃあ介護記録を出そうよ」
兄の顔色が変わりました。
実は母はノートをつけていたのです。
父の通院日。
介護サービスの日程。
付き添った人。
細かく記録されていました。
母は元々几帳面な人です。
そのノートは十冊以上ありました。
妹が持参したノートを開くと。
そこには。
私たち夫婦の名前が何度も出てきました。
母自身の名前もあります。
しかし兄の名前は。
ほんのわずかでした。
兄嫁が慌てて言いました。
「そんな記録だけじゃ分からないじゃないですか」
でも誰も反論できませんでした。
記録は事実だったからです。
兄は無言でした。
私は初めて思いました。
兄は遺産が欲しいのではない。
認められたいのかもしれない。
長男として。
父に期待されていた自分として。
しかし現実には。
父の最期を支えたのは別の人間だった。
その事実を受け入れられないのではないか。
そんな気がしたのです。
ですが。
その考えはすぐに打ち砕かれます。
話し合いの終盤。
兄の弁護士が新たな資料を出してきたのです。
そしてこう言いました。
「実は不動産についても確認したいことがあります」
母が顔を上げました。
私も妹も嫌な予感がしました。
まだ何かあるのか。
すると弁護士は一枚の登記簿を差し出しました。
そこに書かれていた内容を見た瞬間。
母の顔から血の気が引きました。
父名義だと思っていた土地の一部が違っていたのです。
そしてその土地を巡る問題が。
家族の争いをさらに激化させることになるのでした。
(第6話へ続く)
■管理人より
相続争いは一つの問題が解決しても、新たな問題が次々に出てくることがあります。
特に不動産が絡むと感情論だけでは済まなくなるケースも少なくありません。
家族だからこそ話し合いが難しくなるのです。
■体験談募集
・兄弟との相続争い
・介護と相続の不公平感
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