【父が死んだ日】第4話
封筒の中身を見た瞬間、兄の顔色が変わった
父の書斎から見つかった一通の封筒。
表には父の字でこう書かれていました。
「財産について」
たったそれだけ。
しかし私たちは誰も軽く考えることができませんでした。
相続の話が出始めてからというもの。
家族の間には見えない壁ができていました。
特に兄です。
あの五百万円の出金について説明を避け続けている。
それが私たちの不信感を大きくしていました。
日曜日の午後。
母の希望で家族全員が実家に集まりました。
兄夫婦。
妹夫婦。
私たち夫婦。
そして母。
父の遺影が見守る中。
封筒はテーブルの中央に置かれていました。
妙な緊張感が漂っていました。
兄だけは腕を組みながら黙っていました。
母が言いました。
「開けましょう」
震える手で封を切ります。
中には数枚の便箋が入っていました。
正式な遺言書ではありません。
しかし父の直筆でした。
母が読み始めました。
部屋は静まり返りました。
そこには。
家族への感謝。
母への想い。
子どもたちへの願い。
父らしい言葉が並んでいました。
しかし。
問題はその先でした。
母の声が止まったのです。
そして再び読み始めました。
「長男には生前にまとまった援助を行った」
兄の顔がこわばりました。
私も妹も顔を見合わせました。
母は続けます。
「住宅購入資金として数回に分けて支援した」
「そのため相続については他の子どもとの公平を考えてほしい」
部屋の空気が変わりました。
兄嫁が真っ先に声を上げます。
「ちょっと待ってください」
兄も立ち上がりました。
「そんなの昔の話だろ」
母は驚いた顔をしていました。
実は母も詳しく知らなかったのです。
父は昔からお金の管理を自分で行っていました。
兄への援助も、詳しく話していなかったのでしょう。
妹が静かに聞きました。
「いくら援助してもらったの?」
兄は答えません。
代わりに兄嫁が言いました。
「親が子どもを助けるのは普通でしょ?」
確かにその通りです。
しかし問題は金額でした。
父の手紙には金額までは書かれていません。
けれど。
五百万円の出金。
兄の動揺。
そして住宅購入資金。
すべてが繋がり始めていました。
兄は苛立った様子で言いました。
「だから何なんだよ」
「もう終わった話だろ」
私は初めて反論しました。
「終わってないと思う」
兄がこちらを睨みました。
私は続けました。
「もし生前贈与があったなら、相続の計算に関係する場合もある」
兄の顔色が変わりました。
今まで強気だった兄が。
初めて言葉に詰まったのです。
その時でした。
妹がある書類を取り出しました。
「実はこれも見つかったの」
それは古い銀行の振込記録でした。
父から兄への送金。
金額は。
三百万円。
さらに別の記録。
二百万円。
そして百万円。
総額。
六百万円以上。
母は椅子にもたれかかりました。
「そんなに……」
兄嫁は顔を真っ赤にしました。
兄は無言でした。
今まで否定していたことが。
少しずつ明らかになっていたのです。
しかし本当の問題はここからでした。
兄は突然言ったのです。
「だったら介護したのは誰だよ」
「俺だって父さんの面倒を見てきた」
私は思わず言葉を失いました。
介護?
兄が?
父の通院。
入院手続き。
母のサポート。
ほとんど私たちがやってきました。
妹も同じ気持ちだったのでしょう。
「お兄ちゃん、本気で言ってるの?」
兄は怒鳴りました。
「俺ばっかり責めるな!」
その声は。
父が亡くなってから聞いた中で一番大きなものでした。
母が泣き出しました。
「やめて……」
「お父さんが悲しむから……」
しかしもう誰も止まりませんでした。
積み重なった不満。
疑念。
嫉妬。
怒り。
それらが一気に噴き出していたのです。
そしてその夜。
兄は帰り際に言いました。
「今後は弁護士を通してくれ」
部屋は静まり返りました。
家族の話し合いは終わった。
そう宣言されたようなものでした。
父の死から一か月。
私たち兄弟は。
ついに法的な争いへ向かい始めていたのです。
(第5話へ続く)
■管理人より
相続問題で最も辛いのは、お金そのものではなく家族関係が壊れていくことかもしれません。
生前贈与や住宅購入資金の援助は、後になって大きな火種になるケースも少なくありません。
親が元気なうちに話し合う大切さを考えさせられます。
■体験談募集
・生前贈与で揉めた話
・兄弟との相続トラブル
・弁護士が入った相続問題
・親の死後に起きた家族崩壊
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