【父が死んだ日】第3話
口座から消えた500万円
父の葬儀から二週間が過ぎていました。
実家では相変わらず遺品整理が続いていましたが、家族の空気は以前とは明らかに違っていました。
原因は、あの通帳です。
母ですら知らなかった口座。
そしてそこに記載されていた高額な預金。
あの日以来、兄の態度もどこかぎこちなくなっていました。
私だけではありません。
妹も同じように感じていたようです。
ある日の夕方。
妹から電話がかかってきました。
開口一番、こう言ったのです。
「ちょっと見てほしいものがある」
翌日。
私は妹と実家で待ち合わせました。
妹の手には銀行で取得した取引履歴がありました。
母の委任を受けて確認したものです。
私はその紙を受け取りました。
そして目を疑いました。
大きな出金履歴があったのです。
五十万円。
百万円。
八十万円。
そして。
三百万円。
短期間のうちに何度も引き出されていました。
合計額は。
約五百万円。
父が亡くなる半年前から三か月前までの間です。
妹が言いました。
「こんなに使う?」
私も同じ疑問を抱いていました。
父は派手な人ではありません。
高級車も買わない。
投資もほとんどしない。
趣味は釣りと家庭菜園。
五百万円もの大金を使う理由が思い浮かびませんでした。
そこへ母がやってきました。
私たちは履歴を見せました。
母は何度も見返していました。
やがて小さく首を振ったのです。
「知らない……」
「こんなお金の話、聞いてない」
その表情は本当に戸惑っていました。
もし母が知らないのなら。
一体誰が知っているのでしょうか。
その日の夜。
兄を交えて家族で話し合うことになりました。
兄は少し遅れてやって来ました。
いつも通り落ち着いた様子です。
しかし履歴を見せた瞬間。
その顔が強張りました。
私は見逃しませんでした。
兄は明らかに知っていたのです。
妹が聞きました。
「このお金、何に使ったの?」
兄は少し沈黙しました。
そして答えます。
「介護費用だよ」
母が顔を上げました。
「介護費用?」
兄は頷きます。
「父さんがそう言ってた」
「将来の介護に備えて使ったんだ」
私は違和感を覚えました。
介護費用?
しかし父が亡くなるまでの介護はほとんどありませんでした。
確かに通院はありました。
でも施設入所もしていない。
高額な医療費が発生したわけでもない。
五百万円という数字はどう考えても大きすぎました。
妹も同じことを思ったのでしょう。
さらに質問しました。
「何に使ったの?」
兄は答えません。
「父さんに頼まれたんだ」
その一点張りでした。
母が静かに言いました。
「でも、お父さんは私に何も言ってなかった」
兄の表情が険しくなりました。
「全部説明しなきゃいけないのか?」
部屋の空気が凍り付きました。
私は思わず言いました。
「説明は必要だと思う」
「相続人全員に関係することだから」
兄は露骨に不機嫌になりました。
その姿を見て。
私は初めて兄に恐怖を感じました。
昔から兄は家族の中心でした。
成績優秀。
就職も順調。
父からの信頼も厚かった。
そんな兄が今。
まるで別人のように見えたのです。
話し合いは平行線でした。
結局、その日は何も分かりませんでした。
しかし。
事態はさらに深刻になります。
数日後。
妹が父の書類を整理していた時。
一枚の封筒を見つけたのです。
そこには父の字でこう書かれていました。
「財産について」
私たちは顔を見合わせました。
まさか。
遺言書なのか。
それとも。
兄しか知らない何かが書かれているのか。
封筒を前に。
誰もすぐには手を伸ばせませんでした。
そしてこの封筒が。
家族の運命を大きく変えることになるのです。
(第4話へ続く)
■管理人より
相続トラブルでは「使途不明金」が大きな争点になることがあります。
生前に引き出されたお金について説明できる人がいない場合、家族間の疑念は一気に膨らみます。
信頼していた家族だからこそ、疑うことが苦しくなるのです。
■体験談募集
・相続前の預金引き出し問題
・兄弟との金銭トラブル
・使途不明金で揉めた経験
・親の遺産を巡る確執
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