【最終話】「もう二度と兄とは呼ばない」――相続調停の果てに失ったものと、義母が最後に下した決断

第2話の続きです。


義兄から届いた。


弁護士名義の封筒。


そこに記されていたのは。


遺産分割調停の申し立て。


つまり。


家族だけでの話し合いは完全に終わったということでした。


義母は封筒を見るなり泣き崩れました。


「どうしてこんなことになるの……」


その姿を見ていると。


私まで胸が苦しくなりました。


夫も黙ったまま。


何も言えませんでした。


■調停の始まり

数か月後。


家庭裁判所での調停が始まりました。


私は同席できませんでしたが。


帰宅した夫の顔を見れば。


どれだけ疲れているか分かりました。


義兄は一切譲らない。


義妹たちも同じ。


「家を売却して現金化するべき」


その一点張り。


義母は。


「住み続けたい」


それしか言いません。


平行線でした。


■義兄の本音

三回目の調停の日。


義兄がついに本音を漏らしたそうです。


「俺だって金に困ってるんだよ」


住宅ローン。


子どもの学費。


老後資金。


義兄自身も苦しい状況だったらしいのです。


夫は帰宅後。


ぽつりと言いました。


「結局お金だったんだな……」


でも私は違うと思いました。


お金だけではない。


長年の不満。


親への感情。


兄弟への嫉妬。


全部が絡み合っていたんです。


■義母の決断

調停開始から半年。


義母が突然言いました。


「もう終わりにしましょう」


夫は驚きました。


「母さん?」


義母は静かに笑いました。


その笑顔は。


どこか諦めにも見えました。


「お父さんが残した家より」


「子どもたちが憎しみ合う方が辛い」


そう言ったんです。


私は言葉を失いました。


■家を売る日

結局。


義母は家の売却を受け入れました。


義父と暮らした家。


子どもたちを育てた家。


思い出が詰まった家。


引っ越しの日。


義母は空になった居間を見ながら泣いていました。


「お父さん、ごめんね……」


その言葉が。


今でも忘れられません。


■壊れた兄弟関係

相続自体は終わりました。


法的には解決です。


でも。


家族関係は終わりました。


義兄と夫は。


それ以来ほとんど連絡を取っていません。


義妹たちとも疎遠になりました。


法事ですら。


ぎこちない空気が流れます。


ある日。


夫が言いました。


「もう兄とは呼べないかもしれない」


その表情は。


怒りではありませんでした。


悲しみでした。


■義母の現在

義母は現在。


小さなマンションで一人暮らしをしています。


以前より元気はなくなりました。


それでも。


孫たちが遊びに来る日は嬉しそうです。


ただ。


義父の話になると。


必ずこう言います。


「相続なんてしなければよかったねぇ」


もちろん。


そんなことは不可能です。


でも。


その言葉には。


家族を失った寂しさが詰まっていました。


■最後に

相続問題は。


財産を分ける手続きではありません。


家族の本音が出る場です。


だからこそ怖い。


だからこそ難しい。


私たちは。


遺産を手に入れました。


でも。


家族だった頃の関係は失いました。


今でも時々考えます。


義父がこの結末を見たら。


何と言っただろう。


きっと。


誰より悲しんだのではないでしょうか。


■管理人より

相続トラブルの体験談で非常に多いのが、「お金よりも家族関係を失った」という声です。


相続は法律の問題であると同時に、感情の問題でもあります。


親への思い。

兄弟への不満。

過去のわだかまり。


それらが一気に噴き出すことも少なくありません。


この体験談が、相続について考えるきっかけになれば幸いです。


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