ビックサンダーマウンテンを作る人も
ウエーイって両手上げて乗ってる人もいて
作る側にも
乗る側にも
責任って発生する
もしも
先頭に立つことが苦手で
それは自分が
責任を取りたくないと考えているからだ
と悩んでる方がいたら
「やらされてる」シンドロームに罹っている可能性があります
会社の全員参加の飲み会だったらいざ知らず
(それだって楽しむ方法はある)
乗っているのは
基本、自分の人生だから
「やります」
「引き受けます」
といった以上は
基本義務教育以降は
嫌々だろうが、圧に負けたからだろうが
乗った責任がある
責任を取るというのは
この部分のことなのだと思う
パートナーの夢もね
乗る気がないなら反対すればいいし
乗ったならゴールするのも一緒
コケたとしても一緒
そこに責任を持つ
だから
いい時はいいけど
コケたら
「私は最初から反対だった」
なんて言い出すのが無責任な人
もうこれ以上は無理!
降り時だと思ったら
途中で降りる権利もあるし
降りるのも乗り続けるのも自己責任
これはクリアリングでもよく話題になりますが
会社勤めをしていて
「いつまでも人の言うとおりに精一杯頑張っていれば
なんとなく評価してもらえる立場にいたい」のが
責任取りたくない証拠じゃないか?という話
でも
ここで問題になるとしたら『なんとなく』の定義だけなの
しかもクリアリング対象になるのは
『なんとなく』
と言いながら、
『期待よりずっと評価が低かった場合』のみ
だって雇用者が
「人の言うとおりに精一杯頑張っていれば
評価してもらえる立場にいたい」のは当然
雇用者イコール
「人の言うとおりに精一杯頑張っていれば
評価してもらえる立場」のことだから
責任は果たしています
ほとんどの会社は
節約とか、各自の仕事効率アップ以上の
改善策は従業員に求めてないもんね
なんとなく
受けた評価が自己見積りよりも低い気がする
と、ストレスになるので、そこを見ていきますが
もしかしたら
精一杯、が実は60%しか出していなかったり
自己見積りが低すぎたり
会社がブラックだったり
なんらかの勘違いがあったり
それは個々のケースで違います
子どもがいる人は大人としての責任感がある
みたいな短絡的な事を言われて
傷ついちゃう方も多いのだけれど
結婚したからといって
子供を持つのも持たないのも自由だし
覚悟した決断だからといって
後悔する瞬間はある
大人としての責任感と
敢えて言うなら
持っても持たなくても
選択した結果に責任を持つ
っていうこと、だよね
でもさ
子どものいる私は
子どもがいない人の可処分所得も可処分時間も自分より多いのを羨む瞬間があっても
そんな時は
子どもを産んでよかった
と自分で思い出せるようになるまで
良かった事を数え上げたりしないと
責任を果たし続ける気力が萎えそうになることもある
きっとどんな大人も
なにか責任を果たし続けるには
努力が必要だし
人には言わないだけで
時には
自己嫌悪にも陥って
情けなく思えるような作業を繰り返して
やっとまた責任を果たしてるようなことも
いっぱいあるんだと思うよ
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