別の大切な友人のご家族が亡くなったという事を
ほぼ同時に知りました
A君の葬儀は近親者のみで既に行われたそうなので、当時の仲間で集まって偲ぶ会をしましょう、と書かれていました
知らせてくれた人には八つ当たりでしかない、とわかっていながら
「偲ぶ会には行きたくありません
ごめんね、偲ぶなんて嫌なんだよ」と書いて返信しました
私がどんなに八つ当たりしても
偲ぶ会に欠席しても
A君が帰ってくるわけではない事も承知しています
家族を亡くした友人に
「お悔やみ申し上げます」
と言わなければ、無かった事に出来るはずもないのです
実際、亡くなった方のご家族は
私より何億倍もの喪失感に直面しているでしょう
それでも、今はまだ大人げなく
知らなかった事は存在しなかったと同じである
と思いたいのです
亡くなった事実を知らなければ
私の中では生き続けている
バカげている事は承知の上で
知らなかった事にしたいのです
滅多に集まれない仲間が一堂に会して
A君の思い出なんか語ったら
彼は本当に死んでしまうから
受け入れないために脳のどこかの回路を遮断しているせいか
自分が今生きていられる事に感謝して
彼の分まで精一杯生きよう
とすら思えないのです
涙が出るまでにも
ずいぶん時間がかかったけれど
涙が出る今は、知った直後に比べれば
多少混乱が静まったのかもしれません
今はまだ
思い出を語り、彼らを偲ぶ自分の姿など想像もできないけれど
時藥、日にち藥が効いてくれば
もう少しまともに考えることも
きっとできるようになるだろう、と思うのです
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