一時期を家族のように過ごした大学時代の大切な友人A君が亡くなったという報せと

別の大切な友人のご家族が亡くなったという事を
ほぼ同時に知りました


A君の葬儀は近親者のみで既に行われたそうなので、当時の仲間で集まって偲ぶ会をしましょう、と書かれていました



知らせてくれた人には八つ当たりでしかない、とわかっていながら
「偲ぶ会には行きたくありません
ごめんね、偲ぶなんて嫌なんだよ」と書いて返信しました



私がどんなに八つ当たりしても
偲ぶ会に欠席しても
A君が帰ってくるわけではない事も承知しています


家族を亡くした友人に
「お悔やみ申し上げます」
と言わなければ、無かった事に出来るはずもないのです



実際、亡くなった方のご家族は
私より何億倍もの喪失感に直面しているでしょう



それでも、今はまだ大人げなく
知らなかった事は存在しなかったと同じである
と思いたいのです



亡くなった事実を知らなければ
私の中では生き続けている



バカげている事は承知の上で
知らなかった事にしたいのです



滅多に集まれない仲間が一堂に会して
A君の思い出なんか語ったら
彼は本当に死んでしまうから



受け入れないために脳のどこかの回路を遮断しているせいか
自分が今生きていられる事に感謝して
彼の分まで精一杯生きよう
とすら思えないのです

{9472CD65-1F5A-4DC0-804E-4381B70D1074}



涙が出るまでにも
ずいぶん時間がかかったけれど
涙が出る今は、知った直後に比べれば
多少混乱が静まったのかもしれません



今はまだ
思い出を語り、彼らを偲ぶ自分の姿など想像もできないけれど
 


時藥、日にち藥が効いてくれば
もう少しまともに考えることも
きっとできるようになるだろう、と思うのです





【クリアリング鍼灸】
事前リーディング+カウンセリング+処方箋+ヒーリング

 

 

 

 

・対面でのセッション

クリアリング鍼灸・鍼灸のご予約・お申し込みはこちらのメールフォームからお願い致します
 
ご希望日時を2〜3箇所お知らせください
skype・電話は夜8時以降からも可能です
 
 
横浜駅から15分 クリアリング鍼灸・マッサージ
シータヒーリング
横浜・石川町