かなり前に 少し触れた 幼稚園に行くか・休むかを息子に聞かない ということについて黄色い花

 



これは『こどもに余計な思考をさせない』


という シュタイナー教育から学んだことを 参考に実践していることで

 





シュタイナー教育を よく知らないときは、


この教育法に 自由奔放なイメージがありましたが

 

知ってからは、シュタイナー教育は 意外に厳しい(というと語弊がありますが)というか

 

「こどもを がっちり守る体制があるな」という印象を 持っています。

 

 

 

シュタイナーの幼児教育では こどもに

 

「思考させない(考えさせない)」

「選ばせない」

 

というのがあって

 

一見、自由がないような印象のある言葉だと 最初は 好感が 持てなかったのですが





 

シュタイナー教育の基盤となる「7年周期で成長リズムがある」という点で

 

“生まれてからの最初の7年は 身体を育てる時期だから

 

それを知的なことに使ったり とりあえず 頭を使わせることで

 

そこに注がれる力が 削がれる。”

 

という考え方。



わたしたち人間は 持つ全てのエネルギーを100として


それをどこに どう 分配するか で 日々生きていることを思い浮かべると 納得でした。


何事も 表面だけを見て ジャッジしてはいけませんねっ

 



 


それに、特に2~3歳くらいまでは『本能の時期』で、この時期のこどもたちは


「いま!これがしたいっ!」と思ったら もう それしか見えない。

 


「今 何かを食べておかないと あとでお腹が空くから。。」


なんて理由で ご飯を食べたりすることがない時期

=先を見越して 考える時期じゃない。

 



だから そんな年齢なら、一日の過ごし方に 頭を悩ませ 責任を持たせるよりも

 

自分がいる その場で 何をするのか・何ができるのか、例えば


・このお水 つめたいな。気持ち良いな


・何をしたら 楽しいかな


・この積み木を どう重ねようか、いや 並べようか


・どうやったら こぼさずに コップに お水を入れられるんだろう


とかを 考え・選択出来たら良い と思っています。




小さな選択は こどもたちに任せるのが良いと思うけれど、


大きな選択は、そこまでの思考が追い付いてからで良いなと。


 







それまでは 親が、判断・決断して→導く。


でも それは 強制ではないということ。

 


だからこそ、そこでの わたしたち大人のチョイスは ひとつひとつが責任ある大切なものだし、

 

どうせなら そのチョイスは こどもたちにとって 楽しいものを選びたい。

 

 


まあ、どこの選択を こどもに任せ


どこまでを 私が(親が)チョイスするのか


判断が難しいと感じることが 日々、多々 あるのが 現実ですが


こどもの主体性を大切にすることは こどもに主導権を渡すこととは 別のことだ


ということを シュタイナー教育で 教えて頂きました。




それに、




「(幼稚園を休んで)ママといっしょに遊んでも良いし、

(幼稚園に行って)ママと離れても良いよ。」

 

って言われても 実に 選びにくい選択(笑)

 

 

少し違う例えになるかもしれませんが、大人たちが(親に限らず)ちいさい子に対して

 

「おとうさんか おかあさんか どっちが好き?」

 

って聞く場面がありますが、あれって こどもながらに 両親の顔色を見るし

 

幼い日のわたしも 答えにくい質問だなあと 思っていた記憶があります得意げ

 



ということで 「こどもに余計な思考をさせない」の真意は


ことばだけを耳で聞くより 奥が深かったというお話ニコニコ