ベッポの教え


今日は節分ですね👹
連日冷え込んでいますがみなさまいかがお過ごしでしょうか。

暦の上で冬が終わり、春がはじまる節目ということで、2年前の写真ですが、梅の花を添えます🌸



先日、本家主宰の講義で、ミヒャエル・エンデの「モモ」の話題が出てきました。

モモについては、過去に記事を書いています⭐︎

モモは、「タイパ、コスパ」とは無縁に、時間を豊かに使う少女。物語に出てくる灰色の男たちは、時間を節約して、最終的には生きてる時間を無くしていこうとします。

現代文明を皮肉った作品なのです。

それこそ、モモやそしてベッポの教えというのは、「離散的」な世界で生きる教えのように感じます💫

長い道を見て圧倒されてしまうのは、時間が連続的だと思ってしまうからなのです。

「一万時間の法則」をはじめて知ったときに、計算をして、毎日◯時間練習しなくちゃと、圧倒されたことがあります。

世界が「連続的」だという思い込みとは、過去の因果が未来を決めると考え、そして、決定論的な恐怖を生むことがあるのです。

何かしらの不幸があった際に、この不幸が生涯続くなら死んだほうがマシだと考える人は少なくありませんよね。

「タイパ、コスパ」という考え方は、ある種「死」に向かっているような、毒された考え方なのです。

一方で、世界は「離散的」だというパラダイムは、現在の結果を決める因果は未来(ゴール)にあり、「過去は関係ない」のです

本家主宰は、連続的な世界に抗うには、「慣れること」とおっしゃいます。

時間と空間は離散的であり、我々はいつも転送されている(もしくはワープしている)という感覚は天動説から地動説に移動するくらいのインパクトがあります。  
  


世界は「連続的」であるというパラダイムは、人類が数千年にわたって築き上げてきた考え方で、あまりにも強固なのです。

余談ですが、飼っている猫がYouTubeで、ひたすら鳥が飛んでくるチャンネルにハマっていまして、いとも簡単に現代文明に染まってしまいました🐈‍⬛

私たちは、一緒に離散的な世界に慣れていきましょう💗