こんばんは。
おそらくですがこちらのブログをのぞいてくださっているかたは
「あなたって感受性豊かだね。」
「感受性、高そうですねー。」
ということを少なからず言われたことがあるんじゃないかなあと思います。
あらためまして感受性とは
字のごとく感じて受け取る性質が強いこと。
ささいなことでも感動したり
落ち込んでしまったり
なにかと忙しい毎日を送られているのではないでしょうか。
実は最近、
「あ、感受性ってこんなふうに強化されるのか…」
ということがありましたので書き留めてみますね。
✄- - - - - - キ リ ト リ - - - - - ✄
先月、祖母の法事で帰省したときのことです。
集まってきた親戚とともに
秋の大収穫祭がはじまりました。
食べごろになってるけど
忙しくて収穫てきていなかった
野菜やくだものをみんなで採ろう!となったんですね。
柿班、キウイ班、さといも班の
3つに分かれて作業が開始されました。
わたしの配属先は
満を持しての(?)さといも班。
チームメイトも元マンドリン部の叔母と
元ソフト部エースの妹という心強いメンツ。
いもを掘るなんて何年ぶりでしょう。
元吹奏楽部の腕がなります。
傘のように大きな葉を鎌で切り落とし
茎を持ち上げると大きないものかたまりがあらわれます。
「これね、春にばあちゃんが植えたんだって。」
さといもの土を払いながら妹が教えてくれました。
祖母は兼業農家だった祖父と父とともに
長らく畑仕事を担ってきました。
今年の春先に入院してから夏に亡くなるのまで
入院中はずっと畑の心配をしていたそうです。
おそらく、祖母が直接植えた農作物は
このさといもが最後になることでしょう。
(ここに集まってきているってことは君たちも親戚みたいなものね)
いもを掘り起こすたびに出てくる
ミミズやダンゴ虫が愛おしくなるほど
感受性のスイッチが入ってしまっていました。
きっと土や手入れがよかったのでしょう。
あっという間にたくさんのさいともが収穫できました。
しかし、ここでちょっとした問題が。
実家は普段3人暮らしなのですが
父→料理しない
母→生のさといもアレルギーで触れない(食べられる)
妹→さといも食べられない(触れる)
というすれ違いが…。
たくさん掘っちゃったけどどうしようという事態に気づきました。
もともとさといもが大好きな自分としましては
このゆゆしき問題をなんとかしたい!
ということで、実家滞在中にいもを炊きまくることに。
3日で3回、さといもをゆでて皮をむいて煮しめました。
さすがは祖母ですね。
ねっとりと甘いさといもはゆでてそのまま食べても抜群に美味しかったです。
しょうゆ味とみそ味の煮物は
ちょっと甘めだった懐かしい味付けになっていました。
感受性の強さって関連付けの強さになるのかなぁとこのときに思ったんですね。
起こったできごとと感情、天気やにおい。
そんないろんなものが繋がっていって、やがて大きな網のように些細な気持ちもすくい取っていく。
今回の件も実家でさといもを掘りました、で済むところをいろんな感受性が駆けめぐっていきました。
さといもについてこんなに泣いたひと
いないんじゃないかなあ…。
まだ土付きで新聞紙に包まれているもの
皮をむいて冷凍してあるもの
きっとまた食べるときには
めそめそするんだろうな。
わたしのなかにもさといものようなひとが、何人かおりました。
せつなくて、やさしくて、大好きなひと。
自分もだれかのさといもになる日がくるのかなあと、そんなことを思う冬のはじまりでした。
いもを煮ては涙を流す情緒不安定な孫をみて
祖母は笑ってくれるでしょうか。

