濱口竜介監督の「急に具合が悪くなる」を観てきました。

午前中は「射手座の解体新書」という講座をやっていて、午後に射手座の濱口監督の作品を鑑賞。
「濱口監督だから」という理由だけで、何の事前情報もなく観に行ったのですが、みっちりと196分、射手座の骨太なテーマを問いかけられました。
魂の宿った、人としての、生き方とは。
舞台はパリの介護施設。入居者は認知症を患っていて、そこにユマニチュードの技法を持ち込んで実践しようと奮闘する所長と、彼女を取り巻く環境、勇気をもたらされる出会い、対立と和解、葛藤と実践…といった内容で、全編を通して、何度も泣きました。
周辺に認知症となる人物が増えてきて、昨年ちょうど友人から、ユマニチュードの本を勧められて、読んだのですね。
作品の中で詳しく触れられているユマニチュードは、フランス発祥の認知症のケア技法で「見る、話す、触れる、立つ」を基本とするもの。
認知症の方たちの尊厳を守り、知性と魂のある人として扱うための、とてもやさしく美しい技法ですが、一方で介護スタッフの負担が大きく、時間も、精神も、肉体も削られてしまうというジレンマがあります。
認知症で、わからないからといって、野菜を洗うように身体を洗うような、やり方の介護でよいのか?といった趣旨のセリフが印象的でした。
「どのように、老いていく親と過ごすか」というのは、人の数だけ、それぞれの答えがあるでしょう。
「どのように生きるか」を模索するのが、哲学する射手座のテーマだとしたら、そこには「どのように老いるか」「どのように看るか」もまた、含まれるものだと思います。
「理想を、現実に落とし込むことのむずかしさ」は、射手座が抱える大きなジレンマですが、そのことを考え続ける必要があると、感じた3時間でした。