天照大御神って女性?男性? | チャネリングと星が照らす自分解放の道

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フリーランス巫女ささなおが、霊的存在の黒龍のおんりゅう(陰龍)さんのチャネリングメッセージや西洋占星術を用いて、みなさんの人生を解放に導くメッセージをお届けします。

先日、友人からこんな質問が来ました。

 

「天照大御神って、実は女性じゃなくて男性だったという説があるらしいけど、本当のところ、どうなの?」

 

 

あります、あります。

 

天照大御神については、古くから諸説あるようです。

 

一般的には女性神として知られていますが、

「もともとは男性神だったのではないか」

という説もあれば、

時代によって天照大神の捉え方そのものが変化してきた、

という研究もあります。

 

で。

こういう話をすると、

「じゃあ、結局どっちが本当なの?」

と思いますよね。

 

私は個人的には、

どっちでもいいんじゃない?

と思っています(笑)。

 

というのも、私たちが現在読んでいる『古事記』や『日本書紀』は、

神さまたちがリアルタイムで書き残した日記じゃないんですよね。

 

 

『古事記』が完成したのは712年。

その背景には、天武天皇が、

それまで伝えられていた国の成り立ちなどの話を整理し、

国内外の人たちに説明できるように、

国の歴史をまとめようとした流れがあります。

 

つまり、私たちが読んでいる日本の神話は、

「はるか昔から伝わってきた神さまたちのお話」が、

そのまま映像データのように残っているわけではない。

 

長い年月をかけて人から人へ伝えられ(たとされ)、さらに古代国家が形作られていく時代に、ひとつの物語として(誰かの手で)編まれていったものです。

 

だから私は、日本神話を読むときに、

「これは歴史的事実なのか?」

だけを追いかけるより、

「昔の日本人は、この物語をどういう意図で書いたんだろう?」

と考えるほうが、ずっと面白いと思っています。

 

そしてもうひとつ。

 

そもそも、

神さまに、人間とまったく同じ意味で「男」「女」という性別があるの?

という疑問もあります。

 

もちろん日本神話には、イザナギとイザナミのように男女一対として描かれる神さまもいます。

 

結婚したり、子どもを産んだり(そして捨てたり←まじで古事記の冒頭でイザナギとイザナミが子供を捨てちゃうところ、初めて読んだ小学生の私には衝撃的すぎました)、嫉妬したり、怒ったり、泣いたり、踊ったり。

 

日本の神さまたちは、とても人間くさい。

だからこそ親しみやすいし、神さまたちのストーリーから私たちっていろんなことを学べるんですよね。

 

つまり、人間には理解しにくい大きな宇宙の理を、昔の人たちが「神さま」という人格を持った存在として、人間に理解しやすく表現した、と考えることもできます。

 

太陽そのものには、男性も女性もありません。

でも太陽の力を「みんなに受け入れられやすい存在」として語ろうとしたとき、そこに人格や物語が生まれる。

 

そして、その神さまがどんな姿で語られるかは、時代や社会の事情によって変化することもあるでしょう。

 

だから、

「天照大御神は、本当は男だったのか? 女だったのか?」

という問いに対して、私は、

「それを考えるのも面白いかもしれない。

 でも、私はそこより、違うことを考えたい」

と思っています。

 

私が考えたいのは、

天照大御神が男性だったのか女性だったのかという事実よりも、

日本人が千年以上もの間、天照大御神という存在に何を感じ、何を託し、どんなふうに敬ってきたのか。

 

そして今を生きる私たちは、その神さまとどう向き合うのか。

 

そっちの方なんですよね。

 

神話って、結局、誰かが書いた物語じゃないですか。

 

途中でいろいろな人たちの個人的な解釈(←これがまたね、それぞれに個性があって面白いの!)が入り、時代の価値観が入り、政治も入り、各地域ごとの土着の信仰も入り、それでもなお消えずに令和の今まで残ってきた物語。

 

めっちゃ面白いでしょひらめき

 

天照大御神が男だったのか、女だったのか?

お友達からのそんな問いかけを入口にして、

「そもそも神さまって何だろう?」

「なぜ日本人は、この神さまを大切にしてきたんだろう?」

って考えることができて、めっちゃ楽しかった。

自分ひとりでは疑問にすら思わないので泣き笑い

 

そして結局のところ、

神さまと仲良くなるために必要なのは、

戸籍や性別を調べて、

相手の素性を丸裸にすることではありません(笑)。

 

その神さまを知ろうとすること。


その神さまたちを大切にしてきた人々の想いに敬意を持つこと。


そして、自分なりに親しみを持って付き合ってみること。

 

私は、それこそが最高なんじゃないかなと思っています。