ささなお「やっぱりさ、生きていったら、仕事でもプライベートでも、
『勉強したいな!』って思うことあるよね」
おんりゅう「そうだな。よっぽど人生他人任せで、
自分は完璧で何にも学ぶことなどなく、
必要なことは全て外側の誰かがもたらしてくれて、
それ以外のものは必要ないと思っている人でなければ、
まあ、何らかのタイミングで
『これについて、もっと知りたい!』
と思うことはあるだろうな」
さ 「そんな時なんだけど、やっぱり勉強って
お金かかるじゃない?」
お 「それは、やり方次第だ。
お前は、何かを学びたいと思ったら
まず何をする?」
さ 「んー、まずググる」
お 「そうだな、このご時世、まずは検索だ。
でも、何を検索する?」
さ 「えっと、興味のあるトピックについての
ニュース記事とか、
ブログ記事とか、
あ、でも一番最初にアマゾンとかの
本の宣伝が出るね」
お 「さよう。
検索の最初には、
ショッピングのオススメが出るな。
さすがだ。商魂たくましい。そうでなければな。
しかし、そうなると、必然的に、
多くの人たちが学ぶツールとして
まず最初に『本』が来る、
ということになるな。」
さ 「まあねぇ・・・本は手軽だし、
手に入れやすいし」
お 「なにより
『勉強した気になれる』
というのが大きいな。
おまえ、買っただけで読んでない本、
何十冊ある?」
さ 「う・・・前提として『何冊』じゃなくて
『何十冊』ってとこが、さすがおんりゅうさん・・・」
お 「ふふふ、ま、無駄遣いだな、今の時点では。
本は買っただけでは知識がダウンロードされないからな。
読んで脳みそに落とし込まなければ。
しかし、本というのは、そもそも、
書かれた時点で過去のものだ。
当たり前だろう?
今手元にあるその本、
いつ出版されたと書いてある?」
さ 「うん、そりゃあ、本が、
書かれて、チェックされて、印刷されて、
製本されて、書店に並べられるまで、
著者の脳の中にあった時点から比べたら
数ヶ月から半年、あるいはそれ以上
あったりするよね・・・」
お 「さよう。つまり、本に書かれていることは
全て過去のことだ。
つまり、著者の脳を追い越すことは
永遠にできないのだ。
著者本人にとっては、本に書いてあることは
すでに過去のことなのだからな。」
さ 「ほんとだねえ・・・」
お 「『本』だけに(にやり)。
ということは、変化の激しい現代に、
これからどうしたらいいかを考えていく上で
必要な勉強方法とは、
『本を読む』
だけに頼っていてはどんどん時代遅れになる、
ということは明々白々。
今の時代、本を読んでいるからといって
安心しているようでは、
どんどんダサい人になっていくぞ。」
さ 「でも、ネットの情報を鵜呑みにするのも
危ないよね?」
お 「そうだな。どんな人がどんなエビデンス(根拠)を元に
書いているか分からないからな。
最悪な場合、想像だけで書いてるからな、
というか、そういうの多いし。」
さ 「ほんとに、難しいよねぇ・・・」
お 「大人になってからの学びに必要なのが金である場合、
そのお金を誰が出すか、ということなわけだが、
その学びに価値があると思う人が金を出す、
ということになるのは分かるな?」
さ 「そりゃそうだよね。
日本なら、まず、本人。
で、子供だったら、主に保護者。」
お 「さよう。
その辺り、日本は非常に遅れている。
先進国では、その学びに価値があると
国が判断した場合、全額を国の税金で賄う、
つまり国から補助金が出る、という方法を
採用してる国が多いな。
何故ならば、仕事をどんどん改善していくために
学びが必要不可欠であると知っているから。
その学びがなぜ教育機関でなければならないか?
それは、未来に向けて最新のことを学ぶために
『本だけでは不十分』
だからだということが明々白々だから。
本だけで不十分な学びを、どこでするか?
それは、高等教育機関、
つまり、『本を書くような人に直接話を聞いて、
現場を見て、意見を交換することができる場所』
以外にないから、そうなっているわけだ。
限られた貴重な国の予算を、
みんなから集めた貴重な国のお金を、
投資する先について、
曖昧な根拠で決めるはずがあるまい?
だからそうなっている。
しかし、日本はどうだ。
いまだに閣僚自身が
『身の丈にあった教育を』
という時代遅れ発言をしてしまうほど
教育こそ国の未来の財源だということが
分かっておらんわけだ。
現実を見れば、何が今必要か
はっきりと分かるだろうに。」
さ 「でも、私たちにできることはあるよね?」
お 「当然だ。
国や組織を変える勇気のないトップの
言いなりになってたまるか。
日本では、幸いなことに、
学ぶ自由や権利が保証されている。
だからこそ、どうやるかが
各個人で知恵を使って道を切り開くことが出来る。
今なら、必要なお金を副業で貯めたり、
あるいは、クラウドファンディングで
広く自分の学びに価値があると思ってくれる人を募る
ということも出来るな。
必要なお金が貯まるまでの時間、
無料で学べるツールを駆使して
あらゆる情報を自分なりにサーチし
集めることだって出来る。
SNSを通して、どんな学び方があるか
大勢の人の知恵を借りることだって出来るし、
そういうことを知っていそうな人に
直接メールや手紙を出したりすることも出来るだろう。
時間は有限だ。
人は必ずいつか死ぬ。
呑気に本だけ読んで勉強した気になっていると
あっという間に『本当の学び』をする機会を逸して
脳みそがカタイ人になってしまうぞ。
もっと勇気を出して、柔軟にならなければ。
恥をかくだのなんだの、
要らぬプライドは捨てるが吉だな。」
さ 「言い訳ばっかり上手になっちゃってね。」
お 「ふふふ、それこそまさにダサい大人だな。
正しい勉強法は、過去の遺物であってはならない。
その時の時流に即した、
未来を見据えたものでなければ。
昔やった勉強法をそのままやっているというのは、
昔習ったメイクをそのままやっているだけというのと
変わらないということだ。
どんどん時代の先を読んで、
新たな価値を提案したりしたければ、
過去を学び、未来を予測し、
現実を見て立ち向かっていく以外にない。
本を読むのも悪くはないが、
それ以外の学びツールも複数持っていて
当然ということ。
そして、最新の研究データは、
本やネット記事などの文字の中にあるのではなく、
研究している人たちや、
現場にいる人たちの頭の中にある。
だからそういう人たちに会いにいって、
直接、質問しなければならないということだ。」
