ただしくて、美しくて、完璧なものしか愛せない、
ってい
これからの日本が、正しくなくても、美しくなくても、完
愛せる、という、バランスのとれた、
成熟
というところで、
たくさんの人が苦しんでるのがそこなんだよなぁ。
正しいところもあればそうでないところもあり、
美しいところもあればそうでないところもあり、
完璧なところもあればそうでないところもある、
それが人間なのだから、
そうでなくなろう、
正しいとかだけになろう、
そうでなきゃだめだ、
と思ったら、そりゃ苦しいに決まってる。
正しくなかったり美しくなかったり完璧でなかったりする
簡単に偉そうに上から目線でクソミソ
天秤座の満月の気づき。
いや、ほんとは、2月にモン・サン・ミシェルに行った時
わかっては、いた。
ヒントは来てた。
でも、やぁぁぁーっと、腑に落ちたわー。
日本に帰って来てからずっと感じてた違和感ってこれだっ
日本人に日本語が通じない、みたいなもどか
ずっと感じてたんだけど、そういうこと、だった
ミカエルがずっと言ってたもんなぁ。
「私は、刀ばかりに注目が集まるが、
本来大事なのは、も
てんびんの方だ」
善と悪をはかるてんびん。
善も悪もなければ、バランスが悪い。
そっか、そういうことなのだ。
成熟した価値観に移行するために、私たちができることの
大きなヒントをもらった、そんな1日でした。
偉業を成し遂げた人をことさらに美化したりするのは、
そうしなければ人から愛されないだろう、
尊敬されないだろう、
と「宣伝する側の人が勝手に忖度した結果」
だったりするからなぁ。
「だって君たち、そうでなければ
愛せないだろう?」
と、バカにされてた、ということでもあるし、
これまでは実際その通りだった、ということもあるだろうなぁ。
同様に、
「美しくて完璧で正しければ良いんでしょう?
そうでなければ、愛せないんでしょう?」
という気持ちでいる人というのも、
他者をバカにしているんだよなぁ。
そして、親や子供に対して不満がある人というのも、
安易に、
「正しい親像」
「正しい子ども像」
を相手に押し付けて、相手がそうでない
(自分が正しいと思っている親や子じゃない)ことに腹を立てて
(自分は腹を立てる権利があるんだと勘違いして)いるだけ
だったりするんだよなぁ。
