なんというか、
漠然と感じていることなんだけれども、
スピリチュアル業界全体の流れとして、
◎強い、万能、思い通り、楽しいことしか起こらない
的な、昔風(というか若干時代遅れっぽい?)のものって
もちろん今後も残って行くんだろうけれども
これまでみたいな共感や支持を
得られなくなっていくように思っていて。
◎弱いところもある、ダメなところもある、
社会にうまくなじめないところもある、
うまくいかないこともある、
それでも人を愛して自分を愛して社会を愛して生きて行く
みたいな、これまではあまりメジャーじゃなかったものの方が、今後、
多くの共感と支持を集めて行くような気がする。
というのも、こちらをお読みいただきたいのですが。
↓
●『なぜ人は弱者を税金で生かすのか』 そんな質問に、「凄まじい答え」が寄せられた
人類全体が生き残っていくこと、
というのが、人間全体の魂が目指していることならば、
これまでの時代のように、
「強いが偉い」「完璧を目指すべき」
みたいな、あまり知性などが必要ない価値観が主流だった時には、
多くの支持と共感を集めただろうけど、
たくさんの人たちが様々なことを学び、
知性を磨き、
偏った情報源(教会とか国とか)しかないわけじゃなくて
こんなにも数かぎりない情報に日々触れることができ、
生き方や仕事の仕方、誰とどこで暮らすのかまで
自分で考えて行動して良くなった世界では、
「強いが偉い」「完璧を目指すべき」みたいな
ある種、古くて、理解はできるけど自分には無理とか、
すごいとは思うけど自分には自分のやり方があるし、とか、
他のやり方もあるんじゃないかな、という風に、
すごくみんなが温かく共感できるというものでも
ない考え方は、だんだん主流じゃなくなっていくのかな、
という気がする。
「北風と太陽」なら、北風、みたいな。
それよりも、「太陽」のような、
みんなそれぞれの個性を生かして社会に適応していこう、とか、
それぞれの感覚を尊重して大切にしていこう、とか、
型にはまらず、試行錯誤しながら、自分なりの生き方、学び方、働き方を見つけていこう、とか、
完璧を目指すのは素晴らしいことだけど、精一杯頑張ってダメだったら、それはそれで素晴らしいこと、とか、
たくさんの人が「自分のこと」として共感できて、
心が温かくなった気がして、リラックスできる考え方の方が、
もしかしたら、主流になって行くのかな、
という気がする。
なぜなら、このYahoo知恵袋の回答の方の締めの言葉のように、
↓
『「闘争」がどれほど活発化しようが、最後は「協働」しないと人間は生き延びられないからです
我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです』
だから・・・。
モン・サン・ミシェルのミカエルに、
『私が天秤を持っているのはなぜだと思う?
善や正義だけではバランスが悪いのだよ
悪もネガティブな面もあっての人間なのだよ』
って言われて、なんか、ミカエルって
もっと「正義」とか「正しい」とかしかない
世界の天使なのかと勘違いしていたから
すごく驚いたんだけど、
清濁併せ呑む、
弱さを受け入れる、
自分と他者を対等に、とか
「てんびん」
ってことを今後はもっともっと
大切にしていかないとな、
って思いました。
(ごめん最後ちょっと急いでまとめちゃったけど
ミカエルの言葉のことはまた別に書きまする)
