私はとにかくパワハラに合いやすい。
他の人には笑顔で話す人が、私にだけ般若の顔して詰めてくるのだ。
販売業で女性しかいない職場では、よくありがちな光景である。
これをうまく回避できる能力がある人だけが女性職場で生き残れる。
不器用にしても私の場合は群を抜いてひどい。
怒鳴り散らかす人に当たる。
常に私の隣で怒鳴り続けるのだ。
職場を変えても目をつけられるので、「自分を変えよう」と奮闘して、だいぶ変わったと思えたのに、またパワハラ系の人に目をつけられてしまった。
友達に相談していると気になることを言われた。
「周囲を自分と同じぐらいできる人として見ない方がいい」
どうも私は、「自分を周囲より劣っていると思いたい」という歪んだ願望がある。
優秀と見られると無理な要求をされたり、嫉妬されたりとロクなことが起きないので、
「周囲が正しく、私は劣っていて、周囲に合わせておけば問題ない」と思いたい自分がいる。
私にとってこの問題はかなり根深く、はじめて気づいたときは寝込んだし、それから年単位で取り組んでいる課題だ。
友達は私に諭す。
「正しさという仮面をつけて、
八つ当たりされてることを認めた方がいい」
私がどんなに態度を改めたってその人は満足しないし、
私がその人を正しいと思えば思うほど、
その人は私をひどく扱うという事実を私は見ようとしてなかった。
ChatGPTに愚痴ったら、
「自分が誰かを傷つけている」と認めるのは、
自己イメージを壊す行為になる。
そのため脳は、
-
相手が悪い
-
受け取り方がおかしい
-
事実を言っただけ
という解釈を自動的に作り出す。
これは性格の問題というより、
人間の防衛本能に近い。
というありがたいうんちくをくれた。
まさにその人が言ってたことまんまやないか…
「私が正しい店員になれば全て解決する」
とどっかで信じていた。
頭では、「嫌われてるだけだから何をやっても意味がない」と分かっていたけど、心が信じてなかった。
かつて私も「正しいこと」が大好きで、
自分に「正しいこと」を無理強いしてた。
自分の「好き」「やりたい」を無視して、
「正しい」に憑りつかれていた。
「正しい」は意味がない。
それは本音ではないから。
何かを誤魔化したいときに出てくるのが「正しい」だから。
パワハラは、自分が心の中でしてきたことだった。
「お前は劣っていて間違ってる」
と自分に言い続けてきたから、そういう人に見つかってしまうのだ。
「悪意じゃなくて、自分が悪いから」
「この職場では、それがルールだから」
と言い聞かせてきた。
もうそろそろ「自分を信じること」をしてあげることにした。
その能力を充分磨いてきたのだから
アマゾンで本を出してます
読み放題に入っているのでぜひ。
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