夢を諦める① | 無駄知識で人生に☆ヒカリサス

無駄知識で人生に☆ヒカリサス

人生で獲得した無駄知識を使った「ものごとの見方」を届けます。
過去に行っていたカウンセラー時の成長の記録などを楽しんでいただけます。

まいすけのサービスはこちらから


私はずっと小説家になりたかった。

物語を作ることが好きだった。

私は、親に友達の家に遊びに行くことも
家に友達を呼ぶことも
禁じられていたので、

妹しか遊ぶ相手がいなかった。


 

人形を並べて、

私と妹とそれぞれ担当する役を決め、

私が物語の大筋を作り、

妹がアドリブでセリフを入れていく。

それが私たちの定番の遊びだった。

 

妹は寝る前に私に物語をせがんだ。

私が夢中で話す間に妹は寝てしまい、

寝付くのが下手な私は頭が興奮したまま
寝れない夜を過ごしたものだった。

 

中学生で「小説家になる」と決めた。

最初は、面白いように書けた。

そして気づいた。

 

跳ねるような文に、自分の欠点が浮き彫りになっていた。

 

登場人物が二人。

情景の描写なし。

異世界の話が多い。

終わりが作れない。

 

現実から離れて自由になれるから小説が好きだったのに、

世界が狭い自分が浮き彫りになった小説は、

残酷なほど「自分」だった。

 

すぐに小説は書けなくなった。

書こうとしても続かなかった。

「自分」を見たくなかった。

まれに訪れる「夢中に書けた瞬間」は、

最高に気持ちよかった。

もう、それで死んでもいいぐらいだった。

その瞬間を継続させるため、

作品を書くために人生に向き合うことに決めた。

 

「人付き合いは、自分と別世界で起きている」
と思っている子供だった私は、

恐怖と向き合い、人付き合いすることに決めた。

 

すべては、「作品」のために。

 

自分のためには生きられなかったけれど、

作品を作るためになら生きられた。

どんなことにも挑戦できた。

どうやって描写するか、

という視点で見れば、

それまで興味を持つことなかった何気ない風景でさえ大切になった。

 

 

生活が落ち着き、

はじめて投稿できたのは、

23歳ごろだったと思う。

 

 

それから何度か投稿した。

賞をとることはなかった。

 

頭が固くなってくるという25歳も越えた。



 

あっという間に30歳になってしまった。


 

つづく


まいすけのサービスはこちらから