やました ひでこさんの「断捨離」の本を読んでみて一念発起。
整理整頓苦手。本や物が捨てられない私。
「ガラクタを捨てれば自分が見える。」というカレン・キングストンさんの本も見てみる。
ガラクタとは今の自分に必要がなくなったのに捨てないで、まだ手元にあるもの。と
書いてあったなあ。
かつて舅・姑が絶大な決定権を握っていた我が家。自分の時間というものは皆無でした。
朝1番に洗濯物を干し、6人分の食事を、7時過ぎ、12時過ぎ、5時過ぎに、小さい子供の世話に
1人は、保育園へ。もう1人は、会社に。(その当時、パートに出ていたから。)
めまぐるしい日々。疲れすぎて、寝れないことも、多々ありました。
そんな忙しい日々の中、物は、たまる。
自分の居場所もないし、(決定権は姑にあったから。)
ほとんど、家から離れ、食事の時間前や子供の保育園の前に家に帰る。
結婚してから、友人を作る暇もなく、独身の頃の友人ともなかなか連絡が取れない日々。
「家の用事は私(姑)がするから。」という事でパートへ。でも、家事など、一切しない姑。
その当時、言えませんでしたね。「約束が違いますが~。」って。
私、小さい頃に自己主張して、ロクな事にならなかったから。
「女のくせに~。か、生意気。おとなしくしとき。」などど、無視された事、多々あり。
で、物が捨てられないのは、執着があるから~。自分軸で生きてないからと本にあり。
もしかして、NOということが出来ない、できにくい人は、物捨てるの苦手かも。などど
感じた次第。優しくて、真面目で、責任感があり、他人のために犠牲になるような人。
(と、自分を逆に、ほめている訳では、ありませんが、^^他人の反応が気になり、自分の感覚や
思い・意見をおし通すことの出来ない人とも、いえる訳で。)
親に「お姉ちゃんやから、辛抱しとき~」と言われた記憶があり、もう小さい時から
自分を抑えるという感じを経験していたのですね。
父は察しのいい人で、かわいがってくれましたが、ありのままの私を受け入れるというより
「こうしろ、ああしろ。気がきかないなあ~。」と、うるさかったです。
嫁いでからの経験で、今は自分を守るためにNOという事が大事、大切だと感じていますし
必要以上に手をださない。
小さい時は、気にいらなかったら、床に、ひっくり返って泣くような時もあったのですが、
今は、どこへやら。でも、最近、自分ばかり抑えなくていいかなと。
何でも、YESだと、有り難みもへるし、相手も、ぞんざいになってくるし、
依存されて窮屈になるので、今まで、他人中心、頭中心で、「~すべき」という考えから
「~しよう」に変換。けっこう、うまくいってます。
さて、昨日は家の外の姑の散らしたガラクタ整理できたけど、
今日は自分のガラクタに挑戦。いかなることに、なりますやら。
ガラクタ分別しつつ、環境整理・自分も整理してみます。^^
自分を抑えて他人に合わせ、嫌な想いをしながら、笑顔で用事を引き受けている方
たまには、上手にNOと断ってみませんか?
物事は、バランス。「いつも、YES。」というのは、偏りますから
「たまには、NO.」と言っても、いいんですよ。自分の本当の声を聴いてみて下さいね。
もし、NOと言えない何かがあったら、何か、NOと言って
辛い経験になった記憶が身体に残っているのかもしれません。^^
本当の自分の思いに気づく。否定しない。
別に断れなくても、いいんです。ただ、自分はイヤイヤやっているんだな~と
気づくこと。
これが自分を大切にする・愛する最初の一歩です。
整理整頓苦手。本や物が捨てられない私。
「ガラクタを捨てれば自分が見える。」というカレン・キングストンさんの本も見てみる。
ガラクタとは今の自分に必要がなくなったのに捨てないで、まだ手元にあるもの。と
書いてあったなあ。
かつて舅・姑が絶大な決定権を握っていた我が家。自分の時間というものは皆無でした。
朝1番に洗濯物を干し、6人分の食事を、7時過ぎ、12時過ぎ、5時過ぎに、小さい子供の世話に
1人は、保育園へ。もう1人は、会社に。(その当時、パートに出ていたから。)
めまぐるしい日々。疲れすぎて、寝れないことも、多々ありました。
そんな忙しい日々の中、物は、たまる。
自分の居場所もないし、(決定権は姑にあったから。)
ほとんど、家から離れ、食事の時間前や子供の保育園の前に家に帰る。
結婚してから、友人を作る暇もなく、独身の頃の友人ともなかなか連絡が取れない日々。
「家の用事は私(姑)がするから。」という事でパートへ。でも、家事など、一切しない姑。
その当時、言えませんでしたね。「約束が違いますが~。」って。
私、小さい頃に自己主張して、ロクな事にならなかったから。
「女のくせに~。か、生意気。おとなしくしとき。」などど、無視された事、多々あり。
で、物が捨てられないのは、執着があるから~。自分軸で生きてないからと本にあり。
もしかして、NOということが出来ない、できにくい人は、物捨てるの苦手かも。などど
感じた次第。優しくて、真面目で、責任感があり、他人のために犠牲になるような人。
(と、自分を逆に、ほめている訳では、ありませんが、^^他人の反応が気になり、自分の感覚や
思い・意見をおし通すことの出来ない人とも、いえる訳で。)
親に「お姉ちゃんやから、辛抱しとき~」と言われた記憶があり、もう小さい時から
自分を抑えるという感じを経験していたのですね。
父は察しのいい人で、かわいがってくれましたが、ありのままの私を受け入れるというより
「こうしろ、ああしろ。気がきかないなあ~。」と、うるさかったです。
嫁いでからの経験で、今は自分を守るためにNOという事が大事、大切だと感じていますし
必要以上に手をださない。
小さい時は、気にいらなかったら、床に、ひっくり返って泣くような時もあったのですが、
今は、どこへやら。でも、最近、自分ばかり抑えなくていいかなと。
何でも、YESだと、有り難みもへるし、相手も、ぞんざいになってくるし、
依存されて窮屈になるので、今まで、他人中心、頭中心で、「~すべき」という考えから
「~しよう」に変換。けっこう、うまくいってます。
さて、昨日は家の外の姑の散らしたガラクタ整理できたけど、
今日は自分のガラクタに挑戦。いかなることに、なりますやら。
ガラクタ分別しつつ、環境整理・自分も整理してみます。^^
自分を抑えて他人に合わせ、嫌な想いをしながら、笑顔で用事を引き受けている方
たまには、上手にNOと断ってみませんか?
物事は、バランス。「いつも、YES。」というのは、偏りますから
「たまには、NO.」と言っても、いいんですよ。自分の本当の声を聴いてみて下さいね。
もし、NOと言えない何かがあったら、何か、NOと言って
辛い経験になった記憶が身体に残っているのかもしれません。^^
本当の自分の思いに気づく。否定しない。
別に断れなくても、いいんです。ただ、自分はイヤイヤやっているんだな~と
気づくこと。
これが自分を大切にする・愛する最初の一歩です。
