今年のお正月、2年半ぶりにようやく会えて、
私が大号泣した大好きな祖母が
突然、天に還って行きました
それも、祖父の命日と同じ日でした。
ケンカばーっかりしていたけど、
なんだかんだ仲良しだったみたいです(笑)
横になったまま、
どこから引っ張り出したのか
コーンフレークみたいなやつを食べて
喉に引っかかってしまったらしく、
気がついたら息をしていなかったと
叔父から連絡をもらいました。
今も苦しかったらどうしようと
亡くなった日から冷たいお茶を供えて、
おばあちゃん大丈夫?大丈夫?と
声をかけ続けて来たのだけど、
綺麗にお化粧をしていただいた祖母は
苦悶の表情一つ浮かべることなく、
安らかな顔をしていました(*´˘`*)
祖父が他界して10年、
毎週土曜日、祖母と日用品を買い出しに行き
ああでもないこうでもない、って
二人でスーパーを話しながらまわりました。
心臓を弱くしてからは歩くのが苦しくなり、
私だけが買い物をして届けていたのですが、
コロナ禍もあって全く会えずにいました。
さとこなら色々買って来てくれるのに、
さとこに会いたいって
祖母が叔父にこぼしていたんだと聞いて、
どうしてもそれを全うしたくなり、
普段よく食べていたヨーグルト、
納豆、白菜のお漬物、チーズ、
アイス二種類、よく飲んでいたサイダー、
水分がわりに食べていたブドウ、
いつも使っていた歯磨き粉と歯ブラシまで
棺の中に入れました
デカすぎて母に止められたけど、
実はいつも飲んでいた牛乳も買いました(笑)
本当は、力が出るからと食べていた黒ニンニクも入れたかったんだ。
めっちゃ臭くなったら困るからやめたけど
いつもの洗濯洗剤も入れたかったんだ。
泡だらけになったら困るからやめたけど
みっしりと散りばめられた食料に、
ご住職もびっくりされて、
「すごいですねぇ!(笑)
え、これは何ですか?白菜?
あれ、歯ブラシ?
なるほど、食べたら歯磨きしますしね(笑)
良いと思いますよー。
じゃあ、食べ物は準備万端なんで
お花をたくさん入れてあげてください」
なんて、笑いを堪えながら覗き込まれていました
前代未聞の、ある種伝説になりそうな棺(笑)
家族だけの密葬だったので、外聞を気にせず出来たことだと思います
他にも、叔父家族が用意してくれていた、
大好きだったうなぎや、
祖父の命日のために買っていたどら焼き、
本当にたんまり入れました。
食いしん坊の人のお葬式みたいに見えますが
犯人はコイツです、と
叔父に祖母の名誉を守ってもらいました(笑)
最後の買い物を、
祖母としたかったんです。
あれ好きだったなぁ、
これよく食べてたよね、なんて
売り場を回りながら思いだして、
幸せな時間でした
祖母は料理上手で裁縫上手、
外でもよく働き、複数の株で儲けた
良妻賢母を地でいくスーパーウーマン
あまりにすごい人で誰も敵いませんでした。
骨折しても自分で治しちゃうし、
他人に頼ることが嫌いで、
片手が使えなくても家事をしちゃう。
誰かをもてなすことが大好きで、
最期まで、孫のズボンを直したそうです。
書かずとも想像するまでもないかと思いますが(笑)
ずーっとずーっとずーっと泣きました。
恩返しし足りなくて、
会いたくて。
私は、孫の中で一人だけ飛び抜けて年上なんですが
他はみんな25〜30歳ほどだから、
いとこと言うより叔母で(笑)
なのに鼻水垂らしてマスク何枚もダメにして、
本当恥ずかしい
でも、泣いていいよって
思う存分泣かせてくれました。
でも、飛び抜けて年上で初めて感謝したのは、
買い物で祖母の役に立てたことでした。
私がめっちゃ大人だったから出来たこと。
祖母は、迷惑かけてごめんって
よく謝って来たんですが、
私は本当に、心から嬉しかったのですよね。
幼い頃のように、私だけのおばあちゃんに戻ったみたいで…
居場所が無かった私を愛してくれた
祖父母へのありがとうは尽きません。
大好きな、誇り高い祖母でした。
コロナで会えないままさよならにならず、
お骨でお別れにならなかったことに
感謝の気持ちでいっぱいで
お正月にも書きましたが、
気をつけながら、ぜひ大切な人には会いに行かれてくださいね。
次はお盆に…って思いながら、
次はなくなってしまったから……
肉体を脱いだだけだし、
お疲れさまでした、なんだけど、
やっぱり声を聞いて、手を握って、
ありがとうって伝えたいと願わずにいられない時もありますから
