鶴に恩返し | ✧︎*。いよいよ快い佳い✧︎*。

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主人公から見ても、悪人から見ても、脇役から見ても全方位よい回文世界を目指すお話


 むかしむかしあるところに、貧しい老夫婦がいました。
 ある雪の日、翁が山の中で罠にかかっている一羽の鶴を見つけ、助けてやります。

「痛かったじゃろう。かわいそうに」

 傷ついてしまった足に布切れを巻きつけると、鶴は一度だけまるで頭を下げるようにし、空に飛んで行きました。

 そしてしばらくの後、老夫婦の元に若い娘が訪ねて来ました。雪の中を迷い困っているというので、快く迎え入れ、わずかでありながら暖かい食事を与えて泊めてやりました。
 翌朝、娘が行く宛もないと聞いて、二人は娘を家族にすることになったのです。
 娘はたいそう働き者で、更にこれから機織りをするので、絶対に中を覗かないでくださいと言いおいて部屋にこもると、数日後に美しい反物を手に出てきました。
 言われるままその反物を町に降りて売ると、高値で売れて暮らしが少しずつ楽になっていきましたが、何故か娘は日に日に元気がなくなり、やつれていったのです。
 老夫婦は心配し、娘に声をかけて機織りを止めるように頼みましたが、娘は首を縦に振ることはありません。
 
 そうして、決して覗くなと言われた約束を破り、ついに襖を開けてしまいました。
 すると、そこには自らの羽根を抜いて機織りをする一羽の鶴がいたのです。

 鶴は、罠から救ってくれた恩を返したかった、でもこの姿を見られてはここにはいられないと涙ながらに語り、二人の引き留める声を振り切るように飛んで行ってしまいました。


 これが、鶴の恩返し。
 そしてそれから、残された老夫婦が願った、これはその後の、もっともっと先のお話です。



【鶴に恩返し】

 

 老夫婦には、一人息子がいました。
 彼は冬の間出稼ぎに行き、両親の役に立ちたいと懸命に働いて、保存食や着物を買えるだけ抱えて意気揚々と帰りましたが、両親は息子の無事の帰宅を喜んだものの、まるで火が消えたように沈んだ家の中で落ち込んでいました。

「一体何があったんだ? 父ちゃん、母ちゃん……」

 すっかりと意気消沈している二人に訊ねると、目を潤ませて父が教えてくれました。
 冬の間に起きた、不思議な出来事を。

「……そんなことが本当にあるのかい」

 何かに化かされたのではあるまいか。
 眉間に皺を寄せ、目を細めて訝る息子に、父が古い箪笥の中からそうっと取り出して見せたのは、一本の羽根でした。
 両手ほどの大きさもある真っ白な羽根は、光り輝いているようです。

「機織り機も、着ていた着物も無くなってしまったが、これだけがあの子がいなくなった部屋に落ちていた」
「だから、確かにいたんだよ。お前は信じられないだろうけど、私とお父さんはあの子のおかげで楽しい毎日を過ごしたんだ」

 父の手は震え、母は涙を流しました。そんな両親のただならぬ様子に息子は、半信半疑ではあるものの、冷たくあしらうことなど出来ないと思い、ひとつ決意することにしました。


「じゃあ、その鶴を探そう。父ちゃんと母ちゃんの代わりに、俺も一緒に探すから」


 ーーそれでも見つからなければ、私たちの子どもに託しましょう。それでもまだ見つからなければ、孫に。そのまた孫に。
 そうして繋げていけばいつか、きっとその鶴さんに届くかもしれませんよ。
 お父さんとお母さんの気持ちが。

 荒唐無稽なこの話を屈託なく信じて、こんなことを言ってくれる、優しいお嫁さんに息子は巡り会いました。
 妻は先立ち、私ももう幾ばくかというところでしょう。
 それでも、お前さんに会えると信じて最後まで生きようと思いますーー


 父は、手紙をしたためて折り、家の裏の山の天辺から飛ばしました。



 ーー毟ってしまった羽根は、元通りになりましたか。元気にやっていますかーー


   毎日。


 ーーお前さんが返してくれようとした気持ちを無碍にしたことは謝りたい。けれども、約束を破って部屋を覗いたことに悔いはありません。お前さんが私らのためにしようとしたことは嬉しい。それでも、あのような痛々しい姿で、あのまま命を削り続けることを、止められたからーー


 毎日。

 命が尽きるまで、その手紙は飛ばされました。

 そして年月が流れ、息子の代になっても、孫の代になっても、そのまた孫の、孫の孫の代になっても、鶴は戻って来ませんでした。
 

「もし、突然すみません」

 それから二百年余りの時が過ぎたある夜、トントンと、一軒の家の木戸を叩く音が響きました。
 強く吹雪く夜で、身体の芯から凍える冷たい空気が辺りを包んでいます。

「はい、どうしましたか」

 カラリと戸を開けると、そこには一人の愛らしい女性が薄着のまま立っていました。

「まあまあ、こんな日に! 寒かったでしょう、早く中へ。お父さん、お客さまですよ! お父さん!」
「なんだい、大声を出して……おや」

 その家の妻が慌てて女性の肩から雪を払って背中を押して夫を呼ぶと、部屋の奥から出てきて戸口を見た夫は一瞬目を丸くして、そしてすぐに微笑みました。

「どうぞ、ようお越しくださった。困ったときはお互いさま。さあ、囲炉裏のそばへ。お前たち、濡れた髪を拭く手ぬぐいを持って来ておくれ」

 様子を眺めていた二人の我が子、歳の頃は十八になる姉と十二になる弟に促すと、二人は頷いて言う通りにしました。

「夕餉の残りですまないが、これで身体を暖めなされ」
「ありがとうございます。あの、私は……」
「良い良い。事情もあろう。無理に名乗らずとも構わない」

 山菜がたっぷりと入った味噌汁の椀を受け取りながら、女性がおずおずと口を開くと、夫は闊達に笑って止めました。
 
「我が家には、代々伝わる家訓のようなものがあるんですよ。〝困った者がいたら必ず助けること。困った動物もいたら同じように。我が家を頼ってくる者がいれば、何も聞かずにもてなすこと。ただし、お礼は受け取らずに、出来る精一杯のことをすること″とね。だからあなたも、好きなだけ家にいるといい。でも、お礼は考えないでください。受け取れば、ご先祖様に叱られてしまいますからな」

 白髪混じりの頭をぽりぽりと掻いて微笑む夫に、女性は申し訳なさそうに一言、わかりましたと答えて、そっと味噌汁を口に含みました。


「あの羽根は……なんですか?」


 女性が指差した、箪笥の上にある古い仏壇には、一本の羽が置かれていました。


「ああ、あれは、我が家に伝わる家宝ですよ。なんでも、ご先祖様が生涯大事にしていたものなんだそうです。もう何百年と昔のものなのに、不思議と褪せもしないで綺麗なままでね」
「そうですか……」
 
 女性はしばらくぼうっと羽根を眺めて、用意された部屋に入って行きました。


「父ちゃん、もしあの人が泥棒だったらどうするんだい? 朝起きて金が盗まれていたら! 身元がわかるものがないか見たほうがいいよ」

 閉じられた襖の向こうがしんと静まり返ると、弟は堪りかねたように訴えました。

「やめなさい。言っただろう? ご先祖様から、何があっても身元を訊いてはならない、襖を覗いてはならないと伝えられて来た」
「なに、大丈夫だよ。うちにはご大層な金目のものなんてないし、騙されたってたかが知れているさ」

 襖に手をかけた弟を止め、夫と妻は言い聞かせました。弟は渋々と頷きます。

「ほら、私たちも寝ましょ。すっかり夜が更けたわ。明日はやることもたくさんあるのだから」

 姉が弟の頭を撫でて布団を敷き、みんなで眠りにつきました。


 その翌朝のこと。


「娘さん、起きているかい?」

 妻がトントンと襖を叩きますが、返事がありません。
 何度呼びかけても同じでした。

「あんた、どうしようかね。ここを開けてもいいのか」

 困った妻の代わりに夫も呼びかけますが、やはり静まり返ったまま。

「仕方がない。開けますよ。具合でも悪くして……な、なんだこれは!」

 ガラリと襖を開けると、山のような紙が雪崩を起こすようにドサリと次々落ちてきました。
 部屋を覗き込むと、そこには膨大な枚数の紙がまだまだ積まれており、それを襖が堰き止めていたようです。


「一体どうやって出て行ったの?」

 姉が呆然としています。それはそうでしょう。この部屋には窓がありませんし、出て行くための木戸は家族が寝ている囲炉裏の間を通らなくてはならないのですから。

「あんた、これ……」

 山のような紙を一枚拾って妻が開くと、そこにはこう書いてありました。


 ーー拝啓 鶴様。 息災ですか。私たちは変わらず、この家にいます。お前さんにまた会えることを楽しみに、今日も生きていますーー


「ご先祖さまが書いたものじゃないのかい」

 震える手で差し出した紙は手紙。どれもこれも同じ差し出し人、同じ〝鶴様″宛でした。


「父ちゃん! この着物は?」


 そして、弟が手紙の向こうで見つけた純白の着物を持ち上げました。夫は急いでその上に乗せられた手紙をガサガサと開きます。

「鶴様だ……」

 夫はほろりと涙を流しました。


 ーー昨夜は、得体の知れぬ私を迎え入れてくださり、ありがとうございました。私は、あなた方のご家族に助けていただいた鶴です。掟を破り人となった私は、最後まで恩返しが出来ぬまま立ち去るしかありませんでした。何百年と生きている中で、初めて、私に優しくしてくれた人間に出会い、どれほど感謝したでしょう。本当はすぐにでも帰りたかった。でも許されませんでした。だから、私は最後に渡すはずだった一反を織ろうと決めたのです。安心してください。羽根を毟ったのではなく、抜け落ちたものを使いました。だからこんなに時間がかかってしまいましたが、私の長すぎる命をようやく幸福だと祝えるものにすることが出来ましたーー


「明日、嫁入りをする娘様に、この白無垢を贈らせて欲しい、って。そんな、まさかなぁ……こんなことがあるなんてなぁ」


 手に持った白無垢を涙で汚さぬように、夫は右腕に顔を擦り付けました。
 その通り、今日は姉の婚礼の日。しかし白無垢など、よほどの家柄でなくては手に入りません。
 夫婦が用意した精一杯の祝いの簪を挿して、お嫁入りをすることになっていました。


「よかった……良かったですね、ご先祖様。鶴様に通じていたんですよ」


 たくさんの手紙を両手に抱えて、姉が仏壇のほうを向きました。
 するとーー


「父さん、羽根が……羽根がない!」


 先ほどまで確かにあったはずの、あの羽根が跡形もなく消えています。
 

「本懐を遂げられたからだろう。ご先祖様も、鶴様も……有難いことじゃないか」


 姉の言葉に驚くことなく、夫は静かに微笑んで、横にいた弟の肩を抱きました。


「そう……そうだね。私、この白無垢を着て、きっと幸せになります。ありがとうございます……ありがとう」


 みんなでそっと手を合わせ、先祖に想いを馳せました。
 外から差し込む陽射しがキラキラときらめいて、部屋のなかを明るく照らしています。


 羽根が消えた今となっては証明しようもないけれど、これが、鶴の恩返しのお話のその先のお話。
 
 千年生きた鶴の命が幸福に包まれて天に昇ったこの日、命が終わることを〝寿命″と呼ぶようになったとか。


 まだ誰も歩いていない雪原のように真っ白な白無垢を纏った娘は誇りを持って嫁ぎ、そしてこの家の家族も末永く幸せになりました。


 めでたし、めでたしーー
 


最後までお読みくださりありがとうございました!

難産でした…
いや、これ自体はすぐ出来たのですが、
新しい話が全く閃かないこと数ヶ月。
放っておいたら書けるかと思っていたらそのままチーン
もう私は何も書けないのかと、終わった感のなかにいましたが、やっと生まれました。
よかったー(涙)

鶴の恩返し、
私は部屋を覗いてしまったこと後悔していない、という一言から出来た続きでした。

『寿命』の由来は私が勝手にそうしました。
命が最後を迎えることを寿という、
天が与えてくれた命を全うすることだから…
という意味合いに、自分が納得したかったのかもしれません。