現在のトリプタノールの価値について
トリプタノールという古典的な3環系抗うつ剤は、今はほとんど処方されないと思うが、今なお決定力のある抗うつ剤として存在している。
ここ1~2年くらいでも、トリプタノールを処方することで、かなり病状が改善した人が2名いる。
ある患者さんは、薬がなかなか効かないタイプの内因性うつ病であった。この「内因性うつ病」という用語だが、今は単に「うつ病」に包括されている。昔は、うつ病は範囲が狭く、その代表的疾患が内因性うつ病だったのである。
内因性うつ病と診断したポイントは現病歴と現症から判断したもので、画像診断的あるいは血液検査的な証拠はない。そもそも内因性という意味が、そういうニュアンスを含んでいる。
一般に、内因性うつ病は他のうつ状態を呈する精神疾患に比べ薬物反応性が高いことが多く、汎用される抗うつ剤で容易に改善しないのは奇妙な経過だと思った。
そういうこともあり、反復経頭蓋刺激療法(rTMS療法)ないし電撃療法(mECT)などの治療を依頼し大学病院へ紹介状を書いた。これは本人が希望したわけではなく、僕から提案した。納得できない経過は、なぜなのか興味が湧くこともある。
その後の経過だが、恐るべき結果だったのである。その患者さんは、画像診断的に「うつ病」ではないんだそうだ。
この臨床的所見でどうみても「内因性うつ病」と思われる患者さんが、画像診断的に「うつ病ではない」と診断されるのは驚くべきことである。その結果、彼に処方していた抗うつ剤は全て中止されて、眠剤くらいしか処方されていなかった。うつ病ではないので、もちろん、rTMS療法もmECTも受けてはいない。大学病院での診断はなんと「抑うつ神経症」であった。
その患者さんに大学病院での治療および処方変更について感想を聴くと、「全然良くなっていない」と語った。しかし一応、大学病院で画像診断的にうつ病を否定され、抗うつ剤を中止されているので、当院外来に戻ってきたとたんに抗うつ剤を処方することはやりにくいものだ。
しばらく抗うつ剤を避けて治療を続けたが、遂に希死念慮が出現するほど悪化し、入院治療に至ったのである。その患者さんは最初の初診時に、抑うつ悲哀感、希死念慮、自責的なタイプで、他罰的な言動は微塵もなかった。いわゆる神経症的なうつ状態とはほど遠いと思っていた。
入院加療の際に、やむを得ず抗うつ剤を再開した。
その後、不十分な改善ながら退院し、紆余曲折あり、トリプタノールが良いことがわかったのである。その患者さんはトリプタノール125㎎でも口渇すらあまりなく、忍容性が高いことがわかった。たいていのうつ病の患者さんは、トリプタノール75㎎さえ服用できる人は少ないと思う。
以前にも記載したことがあるが、難治性うつ病はサッカーと同じく、最初に1点取るのが難しい。この患者さんはトリプタノールを125mgまで服薬することにより、なんとか1点取った経過になった。
その後、更に試行錯誤を進め、トリプタノールとパキシルCRの組み合わせが良いことがわかった。パキシルCRを25㎎併用すれば、トリプタノールは50㎎くらいで良いのである。トリプタノールは肥満の原因になるので、できれば大量処方したくない薬である。
それでも、ずっと以前、パキシル単剤を処方して芳しくなったことから、うつ病の質は変わってきていると感じた。
このトリプタノールもそうだが、パキシルも今はさほど処方されていない抗うつ剤である。トリプタノールもパキシルもパワー型の抗うつ剤と言う点で共通している。
その後、精神面は更に改善し、それまで長期間、仕事ができなかったが、以前していた仕事と同じ職種に再就職したのであった。
僕にとって、その患者さんがトリプタノール+パキシルCRでほぼ安定したのは、大学病院の診断も含め、ちょっとした謎の出来事である。
精神科医として、この年齢になっても、よくわからない経過や結末は時々ある。