約10年前の治療の話(後半)
10年前のカルテを見ると、長期間いろいろな治療を行っているがうまくいっていない。抗精神病薬については、内服、注射を含め高用量を使っても効果は乏しかった。それは今回も同様である。
今回の緊張病症候群の重さと抗精神病薬の効果の乏しさを考えると十分に悲観できる状況だった。その理由の1つは年齢的に10年前よりリスクが増していること。前回と同じだけ治療に時間がかかるのも良くない。これはECTも視野に入れるべきと思われたので家族を呼び本人の病状を見せECT実施の承諾を得た。
その数日前から、治療について10年前とは異なる手法、もう少し工夫できないか考えていた。
現況の整理
1、抗精神病薬単剤では内服治療、注射剤とも効果が乏しい。大量も試みたが改善は難しいと思われた。
2、リーマスやバルプロ酸の併用でもやはり効果が得られない。そもそも今回の悪化は十分な血中濃度にもかかわらず悪化している。
3、抗精神病薬投与後に改善もなければ悪化も目視できないため、合う、合わないがわかりにくい。
ここで、エビリファイ(アリピプラゾール)24㎎を併用した状況で、高用量の抗精神病薬を試みることにした。エビリファイを併用することで高用量の抗精神病薬を処方しやすくなる。エビリファイによりD2がブロックされるため、その抗精神病薬本来の力価が出辛い代わりにD2以外のより大きな効果が期待できる。なお、エビリファイ24~30㎎の単剤処方は無効であった。
最初の試み
エビリファイ24㎎+セレネース4A 無効
次の試み
エビリファイ24㎎+トロペロン3A
2番目のトロペロン3アンプル併用後、2日目の夜ぐっすりと眠ったのである。そして3日目、保護室に行き本人に会った時、独語もなくこちらに向いていたのでちょっとびっくりした。この状況を診ておそらくトロペロンの併用は良いのではないかと思った。トロペロン3アンプル(12㎎)を10日間続けると順調に回復し、実施後14日目に保護室を退室できたのである。ほぼ入院後2か月目であった。
幻覚妄想は消退し話ができるようになったが、緊張病症候群の時間の長さとダメージにより少し芯が抜けたような状況であった。しかしこれなら時間が経てば回復しアパートに退院できそうである。
ちょうどそのタイミングで家族の面会があった。外来フロアに下りてきて姉と面会していたが、概ね普通に話ができていた。姉は泣きながら話していたが、どうも自分がECTの承諾を得た人とは違う人のようなのである。これはECTを実際はしなかったことを話すかどうか迷うところである。家族にどの程度、情報が共有されているのかわからないからである。今度、実際に承諾書を書いてもらった本人に話すことにして、その日は経緯については触れなかった。
トロペロンはしばらく6㎎だけ併用していたが、ある時、思い切って中止してみた。この人はいったん回復すればエビリファイだけで良さそうに見えるからである。中止した結果だが全然、大丈夫だったのである。この人はリーマス、バルプロ酸は併用しているが、今は抗精神病薬はエビリファイ24㎎単剤である。
トロペロンのD2への効果を除いたパートはいわゆる非定型抗精神病薬的薬効に近似する。非定型抗精神病薬的ではない点はEPSを緩和するメカニズムを持たないことである。トロペロンはつくづく謎の多い抗精神病薬だと思う。
抗精神病薬治療はいかなるタイミングでどのような手法で行うと良いかを考える際に、奥が深いことが良くわかる事例だと思う。
過去ログに、セレネース5アンプルとかで効かない人にトロペロン4アンプルを実施すると良いことがあるといった記載がある。トロペロンは過去ログでいくつか不思議なエントリが出てくるので興味がある人は探してみてほしい。
今回の記事は「ある抗精神病薬とアリピプラゾール併用の意味」も参考になると思う。
参考