リタリンが処方されなくなった後、絶望的に悪化した人
この患者さんを最初に診た時、今後の趨勢について甘い考え方をしていた。その大きな理由だが、うつ状態はほとんどの場合、最終的になんとかなることが多いからである。
彼の場合、急にリタリンを止められ、全く動けなくなったと言う。どこの病院でも浮上せず、仕事も全くできない状態だった。
当初、アナフラニールを点滴することを勧めた。最初、ある程度の手応えがあり、アナフラニールでなんとかなるような気がした。そこで、しばらく点滴に通院してもらっていた。しかしアナフラニールの点滴は永遠にはできない上、就労と言う流れにならない。
何か気の効いた内服薬が必要と思った。ところが、アナフラニールの内服に変更するとなんとなく尻すぼみになり、非常に中途半端な状態に至った。
彼は非常識なほどのリタリンを処方されていたらしいが、それが経過にどの程度、関与していたのかは謎である。
そこで思い切って、ブプロピオンを勧めた。最初150mg服用するように指示すると、結構良いと言う話だったので、少しずつ増やして300mg内服するように指導した。ところがその直後、なんとけいれん発作が生じたのである。
これはブプロピオンの副作用であるが、何らかの器質性背景を示唆している。いったんブプロピオンは中止を指示したが、本人は減量して続けたかったようである。その理由は効果が良かったからである。
その後、サインバルタやアモキサン、ラミクタールやトピナに至るまで試みたがあまりぱっとしない。これと言って、決定的には改善しないのである。SSRIは今までかかった病院でうんざりするほど服用させられており、もやは服用したくないという。
少しピントが外れていると思ったが、これといった良い方法がないため、ブスピロンを試みることにした。ブスピロンはセディールと同じ系統だが、実際使ってみるとブスピロンの方が遥かに強力である。セディールがあるから、ブスピロンを発売しないのは日本にとって損失だと思う。
ただ、セディールは服用したために悪化することはほとんどないが、ブスピロンは精神症状の悪化による中止が比較的多い。このタイプの薬に限らず、悪化がみられるのは爆発力のある薬物であることを示唆している。
彼はブスピロンも芳しくなかった。あまりにも打つ手がないので、ブプロピオンを用量を抑えて再び使い、デパケンRを併用することにした。他は眠剤くらいである。これでいったん本人も僕も満足できる程度には軽快した。
しかし・・
これでは終わらなかったのである。
数ヵ月後にブプロピオンの腰折れ。いったいどうすれば良いんだといったところ。
普通、ブプロピオンにこだわるなら、ブプロピオンXLの300mgを使用すべきである。しかしこれもいずれ腰折れするケースも稀ではないし、この人に限れば副作用でけいれんの履歴があるので怖くて使えない。
結局、中途半端ながらしばらくアモキサンやアナフラニールで様子を見ていた。ある時期、職場復帰していた時期もある。しかし、普通に考えても、このようなやり方では長続きするはずはなかった。
今日のタイトルは「リタリンが処方されなくなった後・・」だが、この人にとってリタリンはいわゆる薬物中毒の後遺症に準じるのではないかと思い始めた。
その後の試行錯誤は長くなるので省略するが、結局、彼にはトフラニールが良かったのである。ブプロピオンも気分安定化薬も必要なく併用薬は眠剤と下剤だけで良かった。
トフラニールは3環系では元祖と言える薬物で、比較的眠くならないのが特徴。かつてはナルコレプシーや遺尿症も処方されていた。
あれは全くの灯台下暗しであったが、今考えると試行錯誤自体が彼にとって治療的だったのではないかと思う。
難治性の人はいろいろやってみるべきである。いつかは知恵の輪は外れることが多いから。
参考
トフラニール
彼の場合、急にリタリンを止められ、全く動けなくなったと言う。どこの病院でも浮上せず、仕事も全くできない状態だった。
当初、アナフラニールを点滴することを勧めた。最初、ある程度の手応えがあり、アナフラニールでなんとかなるような気がした。そこで、しばらく点滴に通院してもらっていた。しかしアナフラニールの点滴は永遠にはできない上、就労と言う流れにならない。
何か気の効いた内服薬が必要と思った。ところが、アナフラニールの内服に変更するとなんとなく尻すぼみになり、非常に中途半端な状態に至った。
彼は非常識なほどのリタリンを処方されていたらしいが、それが経過にどの程度、関与していたのかは謎である。
そこで思い切って、ブプロピオンを勧めた。最初150mg服用するように指示すると、結構良いと言う話だったので、少しずつ増やして300mg内服するように指導した。ところがその直後、なんとけいれん発作が生じたのである。
これはブプロピオンの副作用であるが、何らかの器質性背景を示唆している。いったんブプロピオンは中止を指示したが、本人は減量して続けたかったようである。その理由は効果が良かったからである。
その後、サインバルタやアモキサン、ラミクタールやトピナに至るまで試みたがあまりぱっとしない。これと言って、決定的には改善しないのである。SSRIは今までかかった病院でうんざりするほど服用させられており、もやは服用したくないという。
少しピントが外れていると思ったが、これといった良い方法がないため、ブスピロンを試みることにした。ブスピロンはセディールと同じ系統だが、実際使ってみるとブスピロンの方が遥かに強力である。セディールがあるから、ブスピロンを発売しないのは日本にとって損失だと思う。
ただ、セディールは服用したために悪化することはほとんどないが、ブスピロンは精神症状の悪化による中止が比較的多い。このタイプの薬に限らず、悪化がみられるのは爆発力のある薬物であることを示唆している。
彼はブスピロンも芳しくなかった。あまりにも打つ手がないので、ブプロピオンを用量を抑えて再び使い、デパケンRを併用することにした。他は眠剤くらいである。これでいったん本人も僕も満足できる程度には軽快した。
しかし・・
これでは終わらなかったのである。
数ヵ月後にブプロピオンの腰折れ。いったいどうすれば良いんだといったところ。
普通、ブプロピオンにこだわるなら、ブプロピオンXLの300mgを使用すべきである。しかしこれもいずれ腰折れするケースも稀ではないし、この人に限れば副作用でけいれんの履歴があるので怖くて使えない。
結局、中途半端ながらしばらくアモキサンやアナフラニールで様子を見ていた。ある時期、職場復帰していた時期もある。しかし、普通に考えても、このようなやり方では長続きするはずはなかった。
今日のタイトルは「リタリンが処方されなくなった後・・」だが、この人にとってリタリンはいわゆる薬物中毒の後遺症に準じるのではないかと思い始めた。
その後の試行錯誤は長くなるので省略するが、結局、彼にはトフラニールが良かったのである。ブプロピオンも気分安定化薬も必要なく併用薬は眠剤と下剤だけで良かった。
トフラニールは3環系では元祖と言える薬物で、比較的眠くならないのが特徴。かつてはナルコレプシーや遺尿症も処方されていた。
あれは全くの灯台下暗しであったが、今考えると試行錯誤自体が彼にとって治療的だったのではないかと思う。
難治性の人はいろいろやってみるべきである。いつかは知恵の輪は外れることが多いから。
参考
トフラニール