末期癌の症状精神病とジプレキサ | kyupinの日記 気が向けば更新

末期癌の症状精神病とジプレキサ

今、リエゾンに行っている病院では時々、末期癌の患者さんを診る。紹介を受けて、内科や外科のカルテを参照するが、いきなり「○○癌、全身転移」などの診断がされていたりする。

ああ、この人、もうじき死ぬんだ・・

と思う。医師としてはそういう風に思うのは不謹慎なのかもしれないが、そうなる確率が高いので、医師として現実的なことが思い浮かぶのはやむを得ない。

そのような末期癌の患者さんに症状精神病が生じている時、内科病棟ではかなり困っている事が多い。一晩中、ナースコールを押し続けるとか、ベッドから降りようとして転倒するなどである。これらは、「せん妄」つまり意識障害が起こっているのである。

もう少し違ったパターンで困っているケースもある。それは全く食事を摂らないような人。これも背景に意識障害があることが多い。食事を全く摂らず徐々に干からびてミイラになっていくような感じであるが、これはこれで人間の体が望んで選択しているように見える。

なぜなら、末期癌のようなエンド・ステージでは、こういう感じでミイラになっていく方が、いずれ亡くなるにしても痛みも感じにくくなり苦痛が少ないから。これは、ある種の適応なのであろう。

末期癌でこのような状況になると、内科では平凡に補液だけして経過観察することが多い。いわゆる「ナチュラル・コース」と呼ばれているものである。

このように、全然食事を取らず、しかも興奮、徘徊、せん妄(点滴チューブを抜去するなど)が生じているような人では、ジプレキサは合えば相当に病状を改善することが多い。せん妄が改善し食欲が復活するからである。

最近、ちょうどそのような老齢の女性患者さんを診察する機会があり、最初ジプレキサザイディス5mgを処方してみた。精神症状が酷すぎて、病棟の看護者は相当に持て余していたのである。ジプレキサは患者さんに合わない時はかえって興奮が増すように見えるのですぐにわかる。合う時は少しずつ落ち着いてくる。

ところが彼女の場合、当初は少し精神症状が改善したくらいでさっぱり食欲が出なかった。拒食は以前と全然変わらなかったのである。いつも病棟に行ってみると点滴をされている。婦長さんからは興奮や徘徊が減った分、少しは扱いやすくなっていると言われた。以前より夜は眠るようになったので、かなりの改善である。

この痩せたおばあちゃんはジプレキサザイディス5mg程度では全く副作用が出なかった。この感じでは10mgでも服用できそうであったが、それはやめておいた。2週間くらいジプレキサザイディス(5mg)で様子を診ていた。この時思ったのだが、ザイディスという剤型を思いついた人はえらいよ。

この人は頑として口を開かず、食事を摂らないように薬も飲まなかったからだ。もし薬だけは飲むような感じの人であれば、最初からジプレキサザイディスを使わず、抑肝散(ツムラ54)くらいで始めたかもしれない。おそらくザイディス錠でなかったら服薬させることすら難しかったと思う。ジプレキサザイディスは甘い上に水が必要ないのが良い。

こういう患者さんにリスパダール液やセレネース筋注などが望ましくないのは、次第に嚥下障害などが生じ、やがて嚥下性肺炎になりそのために亡くなる可能性が少し高くなること。いずれ亡くなるにしても、向精神薬が関与して亡くなるのはこちらの気分が良くない。まあ、とてつもない興奮とか暴力行為などがあれば、リスパダール液やセレネースを投与するのはやむを得ないとは思う。

そのうちに少しずつ精神面は穏やかになっていたのだが、時間が経っても思ったほど食欲が出なかったので、もう一工夫、必要と感じた。そこでジプレキサザイディス5mgを処方したまま、プロピタンを50mgだけ併用してみたのである。

ジプレキサザイディス  5mg
プロピタン細粒     50mg

なぜプロピタンなのかというと、わりあい鎮静的であることと食欲が出ること。また老人にも比較的副作用が少ないことが挙げられる。プロピタンの食欲の出方は、ややSDA的だと思う。これでしばらく様子を診ることにした。

その後1~2週間すると、彼女は食事を摂るようになったのである。1日に1食ほどは全量摂るようになった。これはそれまでの数ヶ月を考えると驚異的なことだったらしい。ただ、他の時は全量までは食べない。次第に体力が回復してきて元気さを取り戻してきたのだが、興奮したり徘徊まではしないのである。精神症状が全般に改善しているとしか言いようがなかった。彼女と話してみると以前よりずっと疎通性が良い。会話になるのであった。

僕はこの処方、特にジプレキサ5mgはこの痩せたおばあちゃんには多すぎると思っていた。精神症状が安定してくると相対的に5mgは重くなってくるものだ。そんなこともあり、ナースにプロピタンを中止してみましょうと提案した。彼女達は今までがさんざんだったので、最初は難色を示していたが、受け入れられた。

その病院の婦長さんによれば、僕の処方は普通の精神科医の処方と全然違っていてスマートなんだという。なぜそう思うか聞いてみた。

その病院は巨大な総合病院でありベッド数も多く他の精神病院からも合併症で入院があるのである。他所からの患者さんは、薬も多くて精神症状も安定しておらず、別な意味で手がかかるという(つまり嚥下や歩行状態などADLが悪いという意味)。ところが、僕はたいした量を処方してないわりにすごく良くなると言われた。そういう経緯もあり減量が受け入れられたのであった。

現在、彼女はジプレキサザイディス5mgだけ服用している。食事も食べているのであるが、以前に比べ、僕が見る限り、明日にでも亡くなると言う感じではなくなっている。

しかし・・
1ヶ月分処方しましょうか?などと聞くと、1ヶ月は持たないかもしれないから、2週間分で良いと言われる。きっと、身体的にはそんな風な人なんだと思う。最近はこの繰り返しだ。

結論
末期癌で症状精神病状態へのジプレキサは、たぶん延命効果がある。姑息的だけど。

参考
症状精神病
乳癌全身転移
ヒルトニン