“赤い蝋燭と人魚”と言えば、小川未明の童話です。

うちにもあります。いわさきちひろさんの挿絵のものが。

誕生学サロンに使える本が無いかな~って探していて、偶然見つけました目


誕生学アドバイザー 織田さとみ  


超有名なトラウマ絵本ですし、知らない人は少ないでしょうが、あらすじは…


娘を人間界で育てるべく手放した母人魚が、心変りして娘を売り飛ばした老夫婦をはじめ人間そのものに対する怨念で…というストーリーガーン


この話を幼い頃読んだとき、老夫婦に対する嫌悪感や母娘人魚に対する同情のほかに、私はある感情をはっきり言葉として思い浮かべました。今でも覚えています。

「いくら綺麗でも女は損しょぼん

も~可愛くないったらありゃしませんね。でも、本当にそう思いました。



時々この童話を思い出したり、学校の図書館で目に触れた折になんとなく読み返したりしました。

成長するに従い、感想も変わります。中学生か高校生の時は多分、

「母人魚も大概な女やな~むかっでした。友人と何かの折に話題にしていた記憶があります。


力いっぱい思いこんで、裏切られたらこれまた力いっぱい復讐って…

何じゃそりゃ。

だったら最初から手放さなきゃいいのにパンチ!みたいな。



今、読み返して思うこと。


寂しさを環境のせい、娘の不幸を人間のせいにした母人魚は、物凄く可哀そうだけど、やっぱり愚か

母人魚の分身として、母親の叶わぬ望みを代わりに叶えるべく手放されて、人間の中で自分らしく生きることが出来ず、なすすべなく不幸になる娘人魚はただただ哀れ汗

幼い私は、幼いなりに「どっちもヤなこったDASH!と思ってたんですね。



この話も含めて、小川未明の透明で寂寥感漂う世界観、私のキャラに似合わずにひひ実は大好きなのですが、大正時代に描かれたこの女性像、「そんな奴おらんやろ~」と笑える時代になったのかどうか、私にはわかりません。