先月の17日、父を見送りました。68歳。
容体急変から4時間あまり。
前日にも病院に足を運んでいたのですが・・・いきなりでした。
親不孝をしない限りは順番、遅かれ早かれ親を見送らなくてはならないのですが。
これが想像以上につらかった‥
親孝行が十分出来なかったこと、
感謝の気持ちがちゃんと伝わっていなかったかも・・‥といった後悔ももちろんですが。
何より一番きつかったのは “もう、絶対に会うことが出来ないのだ” という、どうしようもない淋しさでした。
子供の頃は、ひたすら恐い父でした。
可愛がってもらった記憶もちゃんとありますが、一緒にいて居心地が良いとはいえない人でした。
それも、父の生い立ちを考えたら無理からぬこと。
自分の父親は家庭を顧みず、母親が朝から晩まで働かなければならなかった。
母子家庭6人兄弟の下から2番目の男の子、ホントに手の掛からない子だったそうです。
なので、母親に十分甘えられなかった分を、結婚してから妻に甘えたのでしょう。
子供の目から見ても理不尽な行動や言動に何度も泣かされました。
ただ、それでも。
家庭を守り、妻と子供に経済的な負担や心配をかけないことで、自分が父親から得られなかった環境を、子供たちには与えようと頑張ってくれました。
欠点や限界はありますが、負の連鎖は自分の代で断ち切り、自分が欲しかったものを次の世代に渡した父は、立派な人だと心から思います。
今の夫と結婚して、長男を授かったときから、父との関係は劇的に良くなりました。
長男と次男に注ぐ愛情はとても細やかで、どんなに些細なイベントでも、必ず母と姑と3人で参加してくれました。
最後の十年で、辛うじて親孝行できたように思います。責任から解き放たれ、可愛がれば可愛がるほどなついてくれる孫と、安心して甘えられる妻。
穏やかな日々の中で、ようやく本来の、人当たりの柔らかい、楽しいこと・楽しませることが大好きな父に戻れたのだと思います。
奇しくも12月17日は祖母の命日でした。
待つのが大嫌いだった父が、横浜にいる弟を待って到着5分後に息を引き取ったのが、家族への最後の愛情でしょう。1度も目も開けず、意識も戻りませんでした。
祖母の元へまっしぐらに飛んでいったのだと思います。
見送る側は、つらいですね。長生きしたいと単純に思えなくなりました。
