最近 車を運転中 なんとなく ベートーベンの第9を 聞きたくなりました。
映画 不滅の恋 で 父親に殴られて そこから逃げ出し
小さな池に浮かびながら 満天の星空を見上げる ベートーベン (たしか(^_^;))
そこで かかっていたのが 第9 歓喜の歌。
年末におなじみのこの曲 私にとっては 癒しの曲。
そういえば モーツアルトなどの天才は 曲を作ると言うよりも
完成された曲が 既にあり それを(空中から)聞き取るように 楽譜に書き写した
というようなことを 聞いたことがあります。
曲は 既に 完成されて そこにある。
それに チューニングし 理解し 通す(表現する)ことが出来る 個が
モーツアルトやベートーベンだった。
ふと 思考(言葉・概念)も 同じことなんだな って。
思考というのは 実は 個人的なものではない
と ヤコブが言ってました。
本当に そうだな~って 思います。
あらゆる思考自体は 既に スペースに 存在していて
私達は ある意味 それに チューニングしているんですね。
だから 自分のものではないのに
空中にあるそれを つかんだ瞬間 = 脳で解読した瞬間に
自分の(あるいは自分だけの)だと 思っている。
ある瞬間 ある思考に チューニングして つかんでいるだけなのに。
そういうことなのかと 笑いと泣きが 一度に起こりました。
この笑いと泣きが 一緒に起こるのも われながら 面白い状態です。(^_^;)
実は 瞑想について まだ ちゃんと 言葉に出来ないけど 書こうとしているときに
三森真人さんの 瞑想の本質 と まるまるさんの ブッダ の記事を 拝見して
ああ 私の言いたいことが 書いてある……。
しかも 素晴らしい 記事で……。
ということがありました。(また リンクになってます)
他にも 記事を アップしようとしたり アップした後で
他の方が 同じような内容やフレーズを アップされていて びっくり。ヽ((◎д◎ ))ゝ
これもまた 空中?にあるものが 表現されたもので
特徴が違う 特定の個人を通して なされているから
趣が違っているのかな~ なんて。
それぞれが ホント 良いな~と 思います。
余り素敵な記事を読むと もう書かなくても良いかな~と 思うんですけどね。
やっぱり 書きたいらしいので 懲りずに書いてますけど。
おまけに 記事が長いので 本題に入らないまま きりますね。(・・。)ゞ←おいヾ(▼ヘ▼;)
題(サマタ・ヴィパサナ瞑想 ~ 瞑想というもの1)なんて 変なので
直しちゃおう φ(.. )
ああ そうそう。 この記事書きもそうですね。
既に存在している ある特定のこと(固まり?=概念)を
空愛ジョイと言う 特定の個性を持った人間というマシーンを通して
書かれ 表現されると こういうものになると言う……。
この世での 個人って みんな ある意味
チューナー + チャネラー (通信回路 筒 導管) なんだな。
素晴らしい閃きから 他人には知られたくないような思いまで
ありとあらゆる思考を キャッチし (自分の思考だと思い) 自分を通して 流していく。
映画 不滅の恋 で 父親に殴られて そこから逃げ出し
小さな池に浮かびながら 満天の星空を見上げる ベートーベン (たしか(^_^;))
そこで かかっていたのが 第9 歓喜の歌。
年末におなじみのこの曲 私にとっては 癒しの曲。
そういえば モーツアルトなどの天才は 曲を作ると言うよりも
完成された曲が 既にあり それを(空中から)聞き取るように 楽譜に書き写した
というようなことを 聞いたことがあります。
曲は 既に 完成されて そこにある。
それに チューニングし 理解し 通す(表現する)ことが出来る 個が
モーツアルトやベートーベンだった。
ふと 思考(言葉・概念)も 同じことなんだな って。
思考というのは 実は 個人的なものではない
と ヤコブが言ってました。
本当に そうだな~って 思います。
あらゆる思考自体は 既に スペースに 存在していて
私達は ある意味 それに チューニングしているんですね。
だから 自分のものではないのに
空中にあるそれを つかんだ瞬間 = 脳で解読した瞬間に
自分の(あるいは自分だけの)だと 思っている。
ある瞬間 ある思考に チューニングして つかんでいるだけなのに。
そういうことなのかと 笑いと泣きが 一度に起こりました。
この笑いと泣きが 一緒に起こるのも われながら 面白い状態です。(^_^;)
実は 瞑想について まだ ちゃんと 言葉に出来ないけど 書こうとしているときに
三森真人さんの 瞑想の本質 と まるまるさんの ブッダ の記事を 拝見して
ああ 私の言いたいことが 書いてある……。
しかも 素晴らしい 記事で……。
ということがありました。(また リンクになってます)
他にも 記事を アップしようとしたり アップした後で
他の方が 同じような内容やフレーズを アップされていて びっくり。ヽ((◎д◎ ))ゝ
これもまた 空中?にあるものが 表現されたもので
特徴が違う 特定の個人を通して なされているから
趣が違っているのかな~ なんて。
それぞれが ホント 良いな~と 思います。
余り素敵な記事を読むと もう書かなくても良いかな~と 思うんですけどね。
やっぱり 書きたいらしいので 懲りずに書いてますけど。
おまけに 記事が長いので 本題に入らないまま きりますね。(・・。)ゞ←おいヾ(▼ヘ▼;)
題(サマタ・ヴィパサナ瞑想 ~ 瞑想というもの1)なんて 変なので
直しちゃおう φ(.. )
ああ そうそう。 この記事書きもそうですね。
既に存在している ある特定のこと(固まり?=概念)を
空愛ジョイと言う 特定の個性を持った人間というマシーンを通して
書かれ 表現されると こういうものになると言う……。
この世での 個人って みんな ある意味
チューナー + チャネラー (通信回路 筒 導管) なんだな。
素晴らしい閃きから 他人には知られたくないような思いまで
ありとあらゆる思考を キャッチし (自分の思考だと思い) 自分を通して 流していく。